私は、33歳でお見合い結婚した(〃ω〃)
すぐに子供が出来て、翌年出産(^^)
そして又、妊娠して翌年、年子で出産した(・_・;
あれよ、あれよと、相手のことを何も解らないまま、年月が過ぎていった( ̄▽ ̄;)
二人目の子供を出産した翌年、阪神淡路大震災が起きた(・_・;
私は札幌の団地に住んでいて、風邪をひいて高熱 で眠れない夜を過ごしていた。
夫は、消化器のメーカーに勤務していて、北海道営業所の所長になっていた。
私は、高熱をおさえる為に、坐薬を刺してしのいでいた(・・;)
赤ちゃんに母乳を飲ませ、1歳半の長女の面倒を見なければならないので、病院にも行けないでいた。
しばらくすると、爪が紫色になり、鏡を見ると唇も紫色になっていた(-。-;
これはマズイかも…と思い、仲良くしていた団地の友人に相談して、子供達を預かって貰い、病院に行った。
すると担当の女医さんが、すぐに入院しなさい!と
(゚o゚;;
生まれて3ヶ月の赤ちゃんと、1歳半の子供がいるので、入院出来ません!と応えると
だから、入院するんです!と
一度自宅に戻り、子供達の面倒を実家の母に頼み、夫に電話したら
「お前、暇だから風邪引くんだ‼️」と言われた。
心の中で、風邪は菌でひくのに…と思った(・_・;
数時間後、不機嫌そうな夫が帰宅、私はタクシーを呼んで入院した(;´д`)
そこから自分の中で思う事を、ずーっと心の中に仕舞い込んで、結婚生活は、こんなものだと忍耐してきた( ̄▽ ̄;)
いつか、ここからお嫁に行く!と、10年くらい思っていたけど、その後は2人の娘達が成長するまでと、見て見ない振りして生きてきたf^_^;
あっという間に、何だかんだで33年(^_^;)
二人の娘達は嫁ぎ、昨年から夫と二人暮らしになった。
今年、義母の7回忌で北海道へお墓参りに
夫と二人の旅は、初めてかな?
その旅で解った事は、夫が義母とそっくりで、お金の亡者だったと言う事(゚o゚;;
今までも、何度も「全部俺の金だ‼️」と言われてきたが(・_・;
自分が、今回は自分の年金をおろして来たんだけど(・・;)と言うと
「それだって、全部俺が掛けてきた年金だろ‼️」と
呆れながらも、10年は、自分で厚生年金掛けてきたけど…( ̄▽ ̄;)と、応えるのが精一杯(ーー;)
家事労働を一切認めない、昭和の男だとは知ってましたけど
まさか!
ここまでとは(; ̄ェ ̄)
夫は仕事が忙しいと、ブツブツ文句を言っていたので、あなたは日帰りして、仕事すると良いよ!と、夕方のチケットを取ってあった(๑・̑◡・̑๑)
私はその後、1人で北海道を満喫(#^.^#)
友人と会って、美味しいお寿司を食べたり
エスコンフィールドに行って、友人と野球観戦したり
その友人と、エスコンフィールドホテルに泊まって、色々な話しをしたり
故郷に住む友人の手料理をご馳走様になったり
たくさんの仲良しの友人達と、会ってしゃべくりした(*^▽^*)
もう、いつでも離婚するわ!
と、硬い決意して帰宅(≧∀≦)
私の夫に対する態度が激変(≧∀≦)
絶対服従してきた態度を一変(//∇//)
氷の様にクールにΣ( ̄。 ̄ノ)ノ
口が無いかの様に無口に( ̄ー ̄)
すると、少しは反省したのか?
33年一緒に住んできたけど、初めて自分の洗濯物を持ってきて、「これも洗ってくれ」だって(๑˃̵ᴗ˂̵)
それ以来、タバコを自分で買いに行く様になった。
私がいて、掃除、洗濯、買い物、ご飯を出す事は、当たり前じゃない(°_°)
当たり前じゃ無いんだからね(~_~;)
思い知らせてやる!と思った( ̄▽ ̄)
ふざけんな‼️と思った( ̄^ ̄)ゞ
いつでも出て行くからな!と思ったψ(`∇´)ψ
それなのに、夫は、いつの間にか物忘れが酷くなっていて
職場では、失敗ばかりしていると言う(・_・;
二女からは、「お父さん、もう一人で何も出来ないんだから、お母さんが、何でも一緒にやってあげて欲しい」と言われた(; ̄ェ ̄)
そんな馬鹿な(~_~;)
もう、別れたいのに(;´Д`A
ずるいだろ、勝手にボケて(・_・;
まだ、67歳なのに(;´Д`A
本人は、歳相応に忘れてしまうだけだ!と言ってるΣ( ̄。 ̄ノ)ノ
私が先に死んでやるわ!