これからわたしの話をする。
長いような短いような、4年間の話だ。
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思い返せば、大きく変わったのは高校2年の冬のことだった。それまでのわたしは完璧主義で、またひどく心配性だった。努力した分だけ時間をかけた分だけ目に見えて結果が出る勉強が好きだった。1番であることが好きだった。褒められるのは誇らしかったし気持ちが良かった。ただテストで良い順位をとるために勉強をしていた。みんなが本格的に進路を考え始める2年の2学期、わたしは焦っていた。みんなより勉強ができるということだけで、わたしはみんなとは違うと心のどこかで思っていたが、周りはみんな自分の進路を自分で決める力を持っていた。わたしには趣味も特技も目標もなかったことにその時初めて気づいてしまった。わたしだけが何も持っていないと、その時思った。
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当時の先生方や友達には多大なる迷惑をかけたことと思う。進学クラスに入る予定だったがギリギリで辞退した。無遅刻無欠席だったのに遅刻や欠席をするようになった。保健室に行って眠ったふりをすることが増えた。模試はほとんど受けなかったし業後の学習会にも出なかった。毎日勉強嫌いな友達と遊んで過ごした。先生達は、わたしの行動に何一つ口出しをせずにただ見守ってくれた。心配してくれることはあっても、ちゃんと授業に出なさいとか今まで通り頑張りなさいとか言われたことはなかった。周りの友達も、時には心配してくれ、時には一緒に遊んでくれた。頑張りたいのに、前みたいに戻りたいのに思うようにいかない毎日は苦しかったが、卒業までちゃんと学校に通えたのはそういう環境のおかげだと思う。
結局わたしはセンター試験直前になってやっと進学先を某大学の看護学科に決めた。周りに看護師志望の子がたくさんいたことと、看護師資格があれば将来も安泰だと思ったことが大きい。それから、専門職なら学校に入ってしまえばあとは敷かれたレールに沿って進むだけだから、やりたいことがない自分でも将来が見通せる気がした。
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大学に入ってみると、最初は何もかもが新鮮だった。看護という道もなかなか悪くないと満足していたはずだった。ひとり暮らしも始めたし、ラグビー部に入部してマネージャーになった。目まぐるしく過ぎる毎日、充実しているがなんとなくもやもやした気持ちのまま、その気持ちがなんなのかよく分からないまま1ヶ月ほど経った頃、朝起き上がれなくなった。目が覚めて、学校に行かなきゃと思うのに身体が動いてくれない。1限にほとんど毎回間に合わなくなった。夜も眠れなくなりますます起きられなくなった。そのうち一日中ベッドの中で過ごすようになった。看護に対する興味や充実した大学生活にしようという意欲もなくなってしまった。病院に見学実習に行ったが4箇所のうち3箇所は貧血のような症状で倒れ、1箇所大丈夫だったのは老人ホームだけだった。今でこそ長時間立っていても体調を崩すことはあまりなくなったが、当時は病院内で30分も立っていると気持ち悪くなり1時間も歩き回っていれば目の前が真っ暗になって立っていられなかった。病院の先生いわく、起立性低血圧というものらしい。みんなにとっては当たり前に頑張れることが、わたしにはどうしてこんなにも難しいのかと不思議で仕方なかった。わたしには看護師は向いてないんだ、と思い込むことで自分の弱さから目を逸らしていた。入学して2ヶ月後にはほとんど学校にも行っていなかった。わずか2カ月しか経っていないのに、心も体も限界だった。このまま看護学科でやっていけるとは到底思えなかったし、今思えばあの時はあと少しのきっかけがあれば死んでしまえたと思う。病院に行く気力もなく、色んな人が声をかけてくれたがほとんど覚えていない。だれの言葉も聞こうとせず、心に響かなかったことだけはよく覚えている。
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退学するにも休学するにも学科の先生の許可が必要だった。わたしは担当の先生にもう学校を辞めたいんだと話しに行った。先生は驚くこともなく穏やかに聞いてくれ、自身の身の上話をしてくれたが、まあそれもよく覚えていない。とにかく退学ではなく一度休学という形で半年様子を見てみたらどうかと勧められ、わたしは言われるままに休学届を出した。友達には特になにも言わず、部活の先輩にも直接休学すると報告することもできずに結局ラインで半年休学することを報告した。看護の友達とも部活の先輩とも復学してからしばらく気まずかったのは言うまでもない。寮から実家に戻り、休学期間の半年は免許を取りバイトを始め、精神的には不安定ながらも人には普通に見えるような生活を送ることができた。実家で家族に支えられながら生活ができるということは、慣れない生活で疲弊したわたしにとってとても意味のあることだった。休学したことに対して責める人がいなかったことも大きい。急に泣き出したり、泣いている理由を聞いても何も答えず逆ギレしたり塞ぎ込んでしまうわたしに、家族も本当に困り果てていたと思う。それでもわたしのしたいように、そっとしておいてくれたことがとてもありがたかった。
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休学期間はあっという間に終わり、退学したいという衝動もおさまって違う学部への転部を決めた。春からは実家から通うことになった。家から学校は2時間半ほどかかるが、一人暮らしをするにはまだ精神的に回復しきっていないと自分でも納得していた。新しい学部に入ってから約1年と半年経った現在、わたしはまだ漠然とした不安を抱えながら毎日を過ごしている。友達ができないとか、勉強がわからないとか、原因がわかっている悩みならその原因をどうにかしたらいい。問題なのは原因のわからない漠然とした生きることに対する不安だ。わたしはこの類の不安にもう4年近く悩まされている。誰にも理解されないこの不安と付き合っていく方法が未だ分からずにいる。感情の起伏が大きく、ひどい時には悲しくて苦しくて死んだ方がましだとひとりで泣く。人前で泣くことはない。わたしの不安を、苦しみを、痛みを、分かってくれる人はいないと諦めているから。それが当然だと思っているし、分かってほしいとも思わないから。わたしのことを大切に思ってくれる人ほど、わたしの気持ちを分かってあげられないと悩んでくれてしまうだろうから。それでもやっぱりひとりで抱えるには重たすぎる感情に、わたしは今日も押し潰されそうになりながら生きている。そういう思いを抱えながら生きていることを、知っていてほしい。それだけでいい。きっとそんな不安を抱えて生きているのはわたしだけじゃない。
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初めての投稿にしては長すぎたでしょうか。
ここまで読んでもらえたこと、とてもありがたく思います。