ガラス玉

ガラス玉

迷い道、遠回り

はやく消え失せたい

わたしはもう疲れた、生きるのに疲れた

 

それなりに生きることを頑張ってなんとか折り合いをつけて生き延びてきたけれど、わたしが生きることをがんばっている間に他人はみんな普通に生きる術の習得を頑張っていたため、わたしはずっと地べたを這いずり回っているだけでみんなの頑張りレベル1にも到達していない惨めな人間であることが判明してきている。書いていて吐き気がする。29歳の人間が、定職に就かず結婚もせず容姿を気に掛ける余裕もなく料理もできず貯金もなく住所不定無職で毎日片頭痛と耳鳴りと希死念慮でメソメソしているの、どう考えてもキツイしキモイ、社会のゴミだぜこんなん。自己肯定ができなくて29年間も泣き続けているの、バカだったとしか、世の中に身が合わなかったとしか思えん。恋愛でもしてみたらどうですか、無理なんですよ、クソセクシャリティだから。

 

仕事辞めましたお疲れ。

全員いい人やったけど全員宇宙人みたいやったな。二度と関わることありませんように。

 

家族にも友達にも恵まれていてそれでも尚生きるのがつらいとか誰にもわかってもらえないとか甘ったれたことを言う自分のこと大嫌い。大丈夫じゃない、ずっと大丈夫じゃない。どこかへ行って行方を眩ませたい、いなくなりたいし、いなかったことにしたい。

本当に沢山のことが起こった、起こしたのかもしれないけれど。

 

もう無理だわ、と思い続けながら生きている。

助けてくれ、と他力本願で情けない。

生きていることがしんどいよ

 

わたしはわたしのことをゆとりが生んだバケモノと揶揄ったりするけれど結構本気でそう思っている。自分にもっと優しくしなさいというアドバイスがあるけれど、わたしは本当に極限まで自分に優しくしていると思う、それでこの体たらくなんだ。優しくできているのか?甘やかしているだけじゃないのか?優しさと甘やかしの違いをわたしはちゃんと考えていない。明日考える。もう疲れたんだ。もう疲れた。

 

このくらいでしねたらまだ美しいとわたしはそう思うよ。

今まで信じてきた自分がぜんぶボロボロと崩れていくみたいだ。

なんにも続けることができず、かといって社会に貢献することもなく、恵まれているくせにそれを食いつぶすだけの、そういう存在なんだと気づいてしまって、どうしようもない。弱弱しく、光ることもない。しんでいることとの違いがわからない。

羊文学のライブも行った。初めて。

2024年なんかめっちゃ聴いていたので行けてうれしい。

BUMPの翌々日だったから気を引き締めて行ったけれど、そんな引き締めなくても良かった。穏やかな雰囲気だった。ファンの人たちもみんな羊文学だいすきって感じで良かった。

 

曲、全部好きだからセトリもなんでもうれしいなって思っていたけれど、結構好きな曲を何曲もやってくれて、やったーと思った。セトリ書いちゃう。

くだらない/砂漠のきみへ/光るとき/パーティーはすぐそこ/キャロル/tears/Flower/マヨイガ/FOOL/Burning/OOPARTS/more than words/1999/マフラー/GO!!!/あいまいでいいよ/ワンダー

くだらない、光るとき、ティアーズ、マヨイガ、オーパーツ、モアザンワーズ、1999、あいまいでいいよ、ワンダーあたりが特にすっごく良かった。

 

「幼い頃の夢を教えて まだ世界が君に優しかったころはさ どんな未来が美しいとわかっていたのか」「今のあなたの夢を教えて 綻び出す世界を見つめてたその目は どんな未来を美しいと思っているのか」

めっちゃ良い歌詞、帰り道、考えながら渋谷から新宿まで歩いた。どんな未来を美しいと思っているんだろうって。やっぱり別に富とか地位とか名誉が欲しいわけではないなと思った。美しいものをたくさん見たい。隣人を愛していきたい。どんな未来のことなら美しいと思えるだろうと考えた。一生会えなくても、一生愛し合えるようなひとやものと愛し合うことだなと思った。わたしは恋愛をしないから、きっとこの理想の美しい未来はいろいろ難しいと思うけれど、今のわたしが導き出したわたしの美しい未来はそれだなあと思った。