みなさまこんにちは!
アスペによるアスペの子育てはよしとしても、今さらですがディスレクシアとLDのしんどさに、そうとうヘロヘロ状態の岩堀です。
娘の読み書き障害が相当な重度であることは、これまでも書いてきたつもりですが、日常での不都合や大きな苦痛がなかったこともあり、あまり語ってこなかったかもしれません。
この間はまるで難読症地獄の扉が開いたかの如く、娘の自己肯定感が急落というか崩壊し、一般的な価値基準による激しい自己否定へと異次元移動して、正に大荒れの日々でした。とてもエネルギー値の高い野生のアスペさんですから、泣き方も自傷的な暴れ方も、攻撃的な言葉の量も激しさもすごいです。離れかけていた16歳の娘が出戻ってきて、更年期の私はヘロヘロになりました。やっと収束の兆しが見えたかと思えば、自己肯定感はV字回復。でも、価値基準への影響は残りそうで・・・・。本当に、何の騒ぎだったのかと呆然としている私です。
元をただせば・・・
コロナ禍のストレス
→社会状況や世界情勢への不安
→将来への不安、進路の不安、
→戦争や核汚染に対する恐怖
→大量のレポートによるストレス
→過度の努力と自分の能力不足に対する苛立ち
→最低限の教養がないと生きていけない!
→情報弱者となる恐怖
→知的能力の高い恋人への嫉妬と劣等感
→彼の価値基準を満たせない苦しみ悲しみ
→しんどさを書き出してみたらほとんど彼のせい!
→別れなければならない!
→こじれるこじれる
→話し合いで理解された感じで収束
・・・・なんでこうなる?
不安定な年頃だからしょうがないとはいうものの、しっかり基礎ができているから大丈夫と安心していたら、いきなり教条的な物差しを持ち込んで振り回されて吃驚しました。まぁ、最終的には自分を大事に生きてくれると信じているわけですが。
無理に読ませない、一切反復練習をさせない、人にサポートをお願いするスキルを育てることで、娘は安定した状態で文字と関われてきたと思います。10歳、13歳、16歳と何度か突然の劇的発達が起こり、我が家にとっては奇跡的と感謝できる程の読み書き能力も獲得しました。可能な限り不安とストレスを排し、他人と自分を比べない思考習慣をつけて、ぶれない自己肯定感と自尊感情を育ててきたつもりでした。それでも、やっぱり、「自分の能力では自分の知的欲求を満たすことができない」という葛藤からは逃れきれないようです。それが、初めて出会った誰よりも近い他人の影響であったことは、必然なのかもしれません。社会生活は戦略と戦術と努力で乗り切れるとしても、ディスレクシアという特性が自分の望む人生の障害として立ちはだかる。これは、自分の外側に存在するその他の障害のように、道具を使ったり社会に支援や配慮を求めて乗り越えていく種類のものではないわけです。
娘がまだ小さかったころ、「お医者さんとか弁護士さんにはなれないから、もしなりたかったらごめん」などと馬鹿なことを言ったことがあります。娘は「歌手とか画家になりたくても、生まれた時からなれないと決まってる人もいる、何にでもなれないのはみんな同じ」と言いました。そう、努力では手に入らないものはいくらでもある。それは障害とは関係ない。
心の中に生まれた障害が除かれて、あなたがあなたを生きられますように。贅沢な絶望がいつか諦念を超えて、昇華されることを祈ります。