が決まりました。
6月30日(金)19時より。
既に多くの人に応募いただき、おじーちゃん涙涙。
がんばるしかないねぇ。
が決まりました。
6月30日(金)19時より。
既に多くの人に応募いただき、おじーちゃん涙涙。
がんばるしかないねぇ。
『LIFE SHIFT』
(リンダ グラットン、 アンドリュー スコット)
『ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく』
(堀江 貴文)
『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』
(岸見 一郎、 古賀 史健)
『やり抜く力 GRIT
人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』
(アンジェラ・ダックワース、 神崎 朗子)
『西村雅彦の俳優入門――1カ月で効果が出るセリフのメソッド』
(西村雅彦)
『あの会社はこうして潰れた (日経プレミアシリーズ)』
(帝国データバンク情報部藤森徹)
『イシューからはじめよ ― 知的生産の「シンプルな本質」』
(安宅和人)
『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』
(本田 哲也)
『発声と身体のレッスン 増補新版 ─ 魅力的な「こえ」と「からだ」を作るために』
(鴻上尚史)
『いま世界の哲学者が考えていること』
(岡本 裕一朗)
ゴールデンウィークで読み終わる予定の本たち。
赤字まで読み終わる。
意外と面白いのと、すごいつまんないもの。
西村雅彦さんの本、なんか、ええなぁ・・・。
最近、そこいらで聞くことのできる言葉『忖度(そんたく)』。
ま、言うまでもないことだとは思うが、
このきっかけは「森友学園」にまつわる一連の出来事であろう。
朝日新聞調べだと
この「忖度」という言葉を初めて知ったと答えた日本人が
半分近くいるらしい。
まぁ、これが朝日新聞だというところと
その結果にちょっと思うところはあるが、それは今回は割愛。
さらに朝日新聞のデータベースによると、
1980年から93年の間に新聞上で「忖度」という言葉が
登場したのは数回だけとの事らしい。
この「森友学園問題」によって、
「忖度」という言葉は何度も何度も使われ、
「忖度」という言葉が持つイメージは「悪」に近い形で
人々には認識されているだろう。
ただ、この「忖度」という言葉を耳にした事がある人達の中で、
この言葉の意味をきちんと調べた事のある人はいるだろうか。
そして、そんな人達は調べた結果をも踏まえて、
改めて聞いたとしても、
それでも、「忖度」=「悪」等と言う短絡的なものになるだろうか。
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辞書で「忖度」を調べる。
「相手の気持ちを慮る(おもんばかる)」と出る。
「慮る」で反応する人もいると思うので、
「慮る」そのものを再度、調べる。
「周囲の状況などをよくよく考える。あれこれと思いめぐらす。」
となる。
既に亡くなってしまったけれど、
僕の師匠の影響でこの「慮る」という言葉を結構よく使う。
特に講演の場では。
さて、ここまで読んできていただいて、
「相手の気持ちを慮る(おもんばかる)」=「悪」と皆さんはなりますか?
「忖度」という言葉が今独り歩きして、
悪いものというイメージで語られるだけで
「相手の気持ちを慮る(おもんばかる)」事等、
この人間社会においては
どこにでも存在しているように思わないだろうか。
そして、特に日本人は、
いや、昔の日本人気質とは
「察する」とか「皆まで言うな」的感覚があったようにも思う。
それでいえば、「阿吽」的要素か。
「~~~~なのかなぁ」と察して動く。
他の国と比べ日本に色濃く存在している可能性は大いにありえる事だ。
電車で赤ちゃんが泣いてしまう。
正直言えば、うるさい。
そう感じる人も少なくないだろう。
だが、大半の赤ちゃんのおかあさんは困っている筈だ。
迷惑が掛かっている事を認識しているのだから。
だから、周囲も何も言わない。
(最近はそうでもなく、文句言う人多いけどね)
これだって、相手の気持ちをおもんばかっての事と
言えないだろうか。
行き過ぎた「察する」も時には生じるだろう。
そして、今回はその一例に過ぎないのではないか。
今回、発生した「森友問題」に
「忖度」が黒く染められてしまったように思えてならない。
加えていうならば、
日本特有の文化の1つとして「忖度」があるとして、
今回、その「忖度」が悪い意味で注目されたのは、
国の中枢に対してのものだったが故ではないか。
僕は思う。
「忖度」は素晴らしい言葉だと。
ただし「忖度」されるべきは
比較的恵まれているとされるような人達に向けてではなく、
国の中枢の権力者にゴマをする為のものでもなく、
権力から遠かったり、社会的弱者であったり、地震の被災者等、
本当に生きる上で困っている人たちなのではないか。