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sora-iroiro

cafeをしながらタロットリーディング等をしています。
ここでは、日々感じたこと、思ったこと、を書きつらねています。
心のおはなし。スピリチュアルっぽいおはなし。cafeの紹介など。
ただただ、気ままに。

こどもの話を聞くときに、わたしなりに気をつけていたこと。

 

私がそういうことに気をつかい始めたのは、途中(小学校の高学年以降くらい?)からだけど。

 

 

 

話を聞くその瞬間だけは、からっぽでいること。

 

 

 

自分の不安や欲を、反映しないこと。

 

(そのためには、自分に恐れがあることをわかっていること。)

 

 

 

ただ、集音機であるかのように、

 

言葉(の音)、表情、気持ちのすべてを受け入れて、

 

ただ聴くだけ。

 

 

 

感想さえいらないし、うまく受け答えしようともしなくていい、

 

あえていえば、

 

どんなに幼くても、

 

見合うことしか感じてない(起こらない)のだから、

 

自分で解決できることを信じるだけ。

 

 

 

そのうえで、親ができる協力、応援をしたらいい。と、思う。

 

親ができないことは、ほっとけば、いつか自分で解決する。

 

自分で勝手に叶えていく。

 

 

 

大事なのは、

親が助けられないのは、親の事情(親の気分ふくむ)にすぎないことを、

親自身が、理解していること。

 

自分(親)の物差しの正しさとか、不毛。

 

こども自身の、

未来の可能性まで否定することで、

自分(親)自身を正当化するべからず。

 

つまり、親の

正しさも、罪悪感も、いらん。

てこと。

 

 

 

ただただ、だいすきーーー。嬉しーーー。楽しーーー。けりゃいいんで。

「すごーい」「素晴らしい」といい、

「そうなんだー」「おもしろいねー」「いろいろだねー」「そういうときもあるよねー」なんつってね。

 

自分の思いを聞いてもらう場合も、役割ではなく、一人格対一人格として、会話する。

 

 

 

あーここまで書いて思ったけど、おとなには、なかなかそうできない不思議。

 

こどもは純粋で嘘つかないから、こちらも安心なんだよねー(なんで多くのおとながそう思えないのかふしぎだ。こどものほうが正しいことは、ままある)。

 

と、いう本音ぽろり。(笑)

 

 

とにもかくにも、ありがたいんで。

不安よりそっちの気持ち優先でいればいいってことだけ。