学生時代からの親友が 声をかけてくれ 念願の鳥海山に行ってきました。鳥海山は斎藤茂吉が 終戦の時東京を離れ故郷に疎開した時の歌集「白き山」があり、その中で鳥海山を詠っていたので 一度どんな山なのか見たいとと思っていました。女性四人の山旅です。
昭和21年
斎藤茂吉 歌集「白き山」
しづかなる曇りのおくに雪のこる鳥海山の全(また)けきが見ゆ
いただきに黄金のごとき光もちて鳥海の山ゆうぐれむとす
最上川逆白波(さかしらなみ)のたつまでにふぶくゆうべとなりにけるかも
人皆なげく時代に生きのこりわが眉の毛も白くなりけり
昭和22年
「追放」といふことになりみずからの滅ぶる歌を悲しむなむか
最上川の流れのうへに浮かびゆけ行方なきわれのこころの貧困
全(また)けき鳥海山はかくのごとからくれなゐの夕ばえのなか
冬眠より醒めし蛙が雪に反射する春の光を呑みつつゐたり
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8月4日(金) 飯田 松本 佐久の友だち飯山に集合 出発9:20
上信越自動車道 北陸自動車道 日本海東北自動車道などなど 途中休憩を取りながら
鳥海山温泉遊楽里(ゆらり)着 16:20
8月5日(土)
9:20 吹浦口コース発
鳥海湖(反時計回りして)御浜小屋着16:30
山の上から 酒田の花火大会 秋田の花火が見れたようです
8月6日(日)
御来光
朝食5:30
下山6:00 帰路は象潟口コースで 鉾立山荘着9:10
マラソンを楽しんでいるメンバーが 2K走って 車を吹浦口コースまで取りに行く。
遊楽里で温泉に入り着替え食事をして 来たところをひたすら戻る・運転は4人で交代をする。
飯山着19:30 最後のメンバー飯田までは6日の内に帰れたでしょうか・・・・?
もしや8月7日になっていないことを祈って・・・・
それでは
写真は良く撮れていました。綺麗に撮れた7枚
8月5日鳥海温泉遊楽里4階の窓から
5:23 鳥海山夜明け前のあけぼの
8月5日 13:10
歩きながら あちらこちらに 鳥海山の外輪山 頂きそのものが見え隠れする
先輩おふたり
5日 13;23
雪渓から霧が立ち上がる
酒田の町の方角から風が吹いてくると・・・・・雪渓を吹きあげるように水蒸気が上がる
仲間の一人は 2年前に ご主人と登山。其の日のうちに下山。生憎曇り日で雨や霧に合い
どんな山なのか 分からなかったとのこと。ただお花畑がとても良かったと・・・・
5日14:40
良く晴れていて 頂きに雲がかかったり 離れたりの景色。
小学4年生が 家族と来ていて日帰りとのこと。元気なので声をかけたら レモン味のグミをくれメンバーがあの山と言っていたら 元気の良い声で 「鳥海山って言うんです。」と教えてくれた。
山ガールが盛んにニュースになった時の人たちが丁度 親に成り週末のせいもあって 子ども連れが目に入りました。
5日 16:08
後もう少しで御浜小屋 直接小屋まで行けば近回りでしたが 池を逆時計回りして 小屋へ。
鳥海山から下山して来た方とコースが御田ケ原分岐で一緒に途中からなります。
鳥海湖 鳥ノ海といわれる湖。
下山の途中 やはりもう少しで綺麗な湖があるよと メンバーが登ってくる子どもに声をかけると
小学生の僕が「鳥ノ海」と大きな声で・・・・・うーん良い教育!!育っているね!!
5日 16:32
御浜小屋前のコンクリートテラスの上に 足を投げ出して日本海を眺める。
8月6日 4:38分
御浜小屋 朝日を待つ。これから 日の出のショー 影鳥海山も見ることができた。
素敵な山旅明日から ゆっくり
6日 遅くなって帰って来たのに 出迎えてくれたのはシロタン。
そして 今日はこの姿で 一緒にぐうぐう・・・・・私がいない間 誰かさんにベタベタしていたそうです。
「親分が帰って来て良かったなあ。」と誰かさん。
おりおり
かのひとが歌に詠みたる鳥海山はるばる来たり花の季節に
飛行場過ぎし松原空遠く雲に浮かびし鳥海の山