皆さん、こんばんは
今宵も熱帯夜の東京下町です。
子供達が起きてこないうちにブログを書いて
私も就寝しようと思います。
その前に自分の中で気持ちを落ち着けたく
書きたい事を書きます。
内容は楽しいものではないのでスルーされても構いません。
今日で、半年が経ちました。
夫が倒れた日です。
朝、いつも通りの時間に主人を送り出しホッと一息ついてた時
一本の電話が入りました。
その時から…本当に思いもよらない歯車が回りだしました。
満身創痍でストレス満載の日々を過ごしていた夫。
いつかこうなるのでは?と無意識の中、ある意味既に覚悟を
決めていたかの様に冷静に対応していた私…今改めてそう思う。
くも膜下出血で心肺停止で搬送された夫は
救急隊員の懸命な蘇生措置から強靭な精神力で心臓を再び動かし
温かい身体で私の到着を待っててくれた。
今すぐ飛び起きて仕事に向かう様な血色のいい顔で夫は眠ってた。
けど…医師の口からは「残念ですが、あと数時間です」って
厳しい言葉しか出なかった。
体調不良の中仕事の整理をつけ、やっと入院加療する準備に
取り掛かり始め病巣の精密検査を受けていたのに…
MRIだってCTだって撮ってたのに…
あと、数日待ってくれれば入院して身体の悪いところを全部
治してもらいスッキリした身体で退院し、今まで子供に我慢させてた
レジャーや旅行に行けたらな~なんて思っていたのに…
思うところはいろいろあったけどそんな事より目の前の現実を
見なきゃいけないって事と、妻として付き添うより母として子供に
意識を向けないといけない事が何より辛かった。
嘆き悲しみ終始夫に付き添っていて夫が善くなるならそうしてた。
でもそうじゃなく、ICUには子供は入れず幼い3児の母である私は
夫に付き添うよりも母としてその場を離れる事を選ばざる得なく
きっと夫も「寝てる横に居たって仕方ないんだからさっさと子供に
飯でも作れ」って言うに決まっていると自分を納得させ帰宅した。
病院まで車飛ばしても片道40分…夫に何かあったら次はもう
温かい手には触れられない。
それでも私は母としてその場を離れた。
そこから既にもう今の生活の根底が決まってた気がする。
この日から9日間、夫は頑張ってくれた。
私にこれからの味方になる人を集める準備をさせてくれ
何よりも夫家族と会う時間をくれた。
その為の9日間だったと思っている。
その間も私は病院に末娘と寝泊りしつつも時折自宅に戻り
その後の生活の基盤となる行動をおこしてた。
こんな時にネットだブログだなんて!と賛否両論の意見を受けた。
身内からも出た。
わかってる、けどやらざるを得なかった。
だって、夫に万が一があってもその後の生活は事実あるんだし
自営業の手伝いとして今後の糧が何も無いってわかっていれば
いるからこそ何か下準備を打っておかなければならなかった。
わかってもらえなくてもいい。
夫を亡くし裸一貫で子供3人を育てていかなくてはならない。
まだ夫は温かいのに万が一の時を想定して行動しなきゃいけない
なんとも言えない辛さ。
こんな辛い事、当事者にしかわからなくて当然だ。
こんな辛い事、誰にも味わって欲しくない。
だから理解されなくてもいいからとにかく子供との生活を第一に
やろうと思う事に一生懸命にやってきた。
結果なんか後からついてくる。
例えそれが成功か失敗かと問われた時失敗だったとしても
「経験」として私の糧にはなっているはずだし。
そして半年経って思う事。
失敗はしていないと…思う。うん、思う。大丈夫。
少しの自信と胸いっぱいの感謝。
こんなにも感謝に溢れた生活を送れるなんて思ってなかった。
みんな、みなさん、ありがとう。
そして…パパ、ありがとう。



)

に続いて
も更新です♪

<鼻血ブ~ッ!
