とりあえずデリを商売として始めるにあたって
システムもなにも解らないので武蔵の店に丁稚奉公で入店。
広告の出し方や業者の紹介、電話の応対、嬢との付き合い方やらなんやら…
武蔵に教えてもらいながら自分の店の準備を進める。
で、俺の店は高級思考で行く事に決める。
もしもそれがこけたら安い店にシフトチェンジする算段もつけておく…
等々やる事は山のようにあった。武蔵の店は俺の印象では中流店。
コンセプトも無くただ無尽蔵にピンクチラシをくばり待つ…
当時としてはよくあるスタイル。俺はサラリーマン時代に「予算」「コンセプト」
「プレゼン」を叩き込まれたタイプだったのでなんのコンセプトも持たず
これだけ店が転がると言うか運営できる事に最初びっくりした。
もちろん現金の入出金もかなりアバウト。でも問題無く店は運営されていた。
時代背景としてこの頃は
・ネットは「テレホーダイ」からISDNが主流に。ADSLはもうちょっと後。
・デリヘルの広告と言えばピンクチラシ。
・ファッションヘルスが主流。
・ホテトルが普通に公に存在している。
・テレクラもかろうじて残っていた。
・援交と言う単語がチラホラ
・女子は厚底ブーツみんな履いてた
イメージこんな感じ。
記憶が10年以上前で曖昧だから時代が混ざってるかも。
最終的に俺の店は当時としても高値の60分30Kの価格設定。
延長は30分単位で10K。 そのかわり、
かわいい娘しか在籍していない店として有名にしてやろうと考えた。
武蔵の店のコンセプトとも被らないし共存出来るとも考えた。
そして広告宣伝は正規の手法のみを利用。
ピンクチラシは当時違法認定されだしたので安全策を取る方向に設定。
で、広告はいわゆる風俗情報誌には一切載せずホームページで集客する事にする。
今じゃあたりまえの事だが当時は正直画期的な試みだった。
当時、新聞の三行広告で2週で3万~5万。情報誌のページは1Pカラーで20万。
風俗新聞の枠も7万~と俺にとっては高額だった。
実際武蔵の店も広告費だけで月に200万くらい使ってた。これが長期に渡って
運営していくに際して一番のネックになると考えた。
(実際はもっとネックになる事が山のようにあとから出てくるのだが)
これで客の注文が入るのであればデリの時代が変わるとまで思っていた。
で、ここで俺ホームページの勉強を始める。
とりあえず今となっては俺の黒歴史だがホームページビルダー買って作成。
大学が美術系だったのでデザインも自分で作成。でもHPBじゃ思う通りに
作れない…でHTML勉強開始。 つっても当時のサイトなんて、文字と写真と
無駄にカラフルみたいなのが多かったし今みたいにCSSなんて無いから
なかなかに難航するも、それなりに満足の行くHPを完成させる。
嬢の写真もモザイクだらけで、今で言えば著作権?食えんのそれ?
な写真張りまくってた。
もちろんメールでの注文にも対応できるようにしておいた。
そして黒歴史2だが、店のBBSまで設置w
と…当時は画期的だったんだからね!!
結局最後まで都合つける事が出来なかったのが嬢とドライバー。
テレクラ行ったり出会い系やってみたり色々したがまったく釣れず。
援交の子は「働くって感じが嫌」とか言われて八方ふさがりに。
しかも「かわいい」で限定しているから更に門戸が狭い。
最終的に武蔵に相談して、武蔵の店のNo.1をレンタルする事にする。
手法と言うか契約はこう。
・俺の店に注文入る
・武蔵の店のドライバーがNo1嬢を運ぶ
・売上も武蔵側で回収
・閉店後、武蔵と落ち合い清算
細かい部分は端折るが武蔵とは純利益を7:3で俺が7で話をつけた。
30Kで注文が入れば15Kがまず嬢に。残りの15Kから1Kがドライバー。
残りを割るって事で俺の手元には9800円。
広告費がほぼナシに近いのでここから経費を引いたとしても
1本で8000円は利益があった。
とりあえず1日1本でもサラリー時代の給料ぐらいは稼げそうと判断。
そして晴れて俺の店をオープンさせた。
リーマン辞めて3ヶ月経ってた。
オープンして1週間。
電話は一切鳴らず。ただひたすら事務所でPS1で遊ぶ日々が続く。
頭の中にさまざまな事が錯綜する。
「リーマンのままがよかったんじゃ?」
「方向性間違ったか?」
「さすがに高いだろこの金額」
「HP公開されてない??」
正直、甘く見ていた部分が多く「初日から電話バンバンwww」
とか考えてた俺は心折れまくってた。
どうしていいかわからない…どこが悪いか解らない…
毎日考えながらオープンから3週間電話は鳴らなかった。
自分の貯金と武蔵の支度金を合わせて
半年は無給で楽勝持つ計算だったがどうにも焦る俺。
とりあえず注文が欲しい俺は、風俗新聞に広告を掲載。URLを載せ、
今で言う所の「詳しくはこちら」的な広告を作成してもらう。
「これでダメなら安い店にシフトチェンジしよう…」
と心に決め掲載日を待った。
ちなみに新聞を選んだのは、依頼から掲載のサイクルがもっとも
早かったから。一番早いのは三行広告だがそれは無駄撃ちになると考え、
もっとも早く費用の少ない新聞を選択した。
それでも掲載は三週間後。
そして待ちにまった三週間後。
開店時間を迎えPSの電源も入れず電話の前で正座待機。
じっと待つ事四時間。22時過ぎに初の電話が鳴る。
感動と驚きと興奮とで変にテンパる俺。
俺「お待たせいたしました。デリバリーヘルスAです。」
俺声裏返る。
客「えーっと注文したいんですが」
俺「承知しました!」
客「実は初めて注文するんですが…」
俺「ではシステムをご説明させt」
客「いや内容はHPで見ているので大丈夫です」
俺喚起。
見てくれたって事だけで腹の底から感動した。
THE初受注。嬉しくてちょっとちびった。
武蔵に早速電話し、嬢の配送を依頼。
武蔵に「やったな!」と言われまたニンマリ。
あとは武蔵に任せるだけとなる。
効果が出た事を実感しアクセス解析見ると…500ビュー!
いや、鼻で笑うような数字だけど前日まで10ビューとかだったので
本当に嬉しかった。
その後も1時間おき程度にシステム確認の電話や注文等の電話が入って
なんだかんだでその日は4本の受注。単純計算で32Kを俺は
ゲットした事になる。これがもしも毎日続けば…月収100万近く!
等とまた性懲りも無く甘い考えが頭をよぎる。
その日は武蔵と酒飲みまくった。