私の知人所有のしょぼいプロレスマスクコレクション等です。どうぞ、お暇なら見て笑ってやって下さい。とほほ… -38ページ目

私の知人所有のしょぼいプロレスマスクコレクション等です。どうぞ、お暇なら見て笑ってやって下さい。とほほ…

マスカラスのマスクが欲しく日本テレビ局へハガキ応募
タイガーマスクのデビュー戦の四次元殺法に狂喜
休刊した週刊ファイトの熱烈な元愛読者の彼
(gooブログ閉鎖によりアメーバブログへ移転・引っ越しました。)

メーカー名 FIGURE TOY製

仕様

• ベルト部分: 合皮仕様
• カバー: クロスケース付き
• サイズ: 約 142.5 cm 中央プレートサイズ:約 27.9 x 19 cm プレートの厚さ:4 mm
• 重量:約2.4 kg

NWA世界ヘビー級王座

NWA世界ヘビー級王座(NWAせかいヘビーきゅうおうざ)はプロレスのチャンピオンシップである。NWA(National Wrestling Alliance)本部の直轄するベルトで、1980年代末にNWAが衰退するまでは、世界最高峰といわれたタイトルである。

概要

1948年に設立された、新NWA(アライアンス)の初代王座にはオーヴィル・ブラウンがついた。1949年にブラウンと旧NWA(アソシエーション)の世界王者のルー・テーズによるタイトルマッチが行われるはずであったが、ブラウンが交通事故に遭い引退したため、テーズが第2代王者の認定を受けることとなった。

その後、新NWAはこの世界王座を正当化するためにフランク・ゴッチを初代王者とし、2代目以降は適当に過去の団体の王者をつぎはぎしてルー・テーズに至る系譜をつくりあげた。そしてルー・テーズは第38代王者として認定を受けた。以後はここからNWA世界王者の代数をカウントしていくこととなる。

NWA世界ヘビー級王座は、ルー・テーズやジン・キニスキードリー・ファンク・ジュニアハーリー・レイスなどの実力あるレスラーたちの功績により、1980年代前半まで世界最高峰のベルトとして広く認知されるに至った。このタイトルを手にした者は全米各地(時には日本を初めとする海外)のNWA会員のプロモーターのテリトリーを転戦し、その地区のローカルチャンピオンと防衛戦を行わなければならず、かなりの体力と精神力が要求された。ただし、NWA王座は反則リングアウトによる勝ち/負けでは移動せず、またオーバー・ザ・トップロープは反則というルールが存在したため、それを利用してベルトの防衛を行うこともできた。

NWA王者は各地のスターレスラーと防衛戦を行う仕組みになっているため、実力差を見せつけるような試合はせず、苦戦しながらの辛勝や引き分け・反則負けなどで防衛を重ねていく。そこで、インサイドワークに長けたテクニシャンタイプが多く、反則防衛を多用するヒール(悪役)タイプのレスラーも少なくない。

NWA世界ヘビー級王座ベルトを獲得した日本人レスラーはこれまでに何人もいるが、NWA黄金期にこのタイトルを獲得したレスラーは、ジャイアント馬場(3度獲得)ただ一人である。ただし、いずれも戴冠期間は1週間以内で、NWA王者(ジャック・ブリスコ、ハーリー・レイス)の来日期間中にいわば一時的に王座を貸与されていたものであり、いずれも前王者との再戦・再々戦でベルトを奪還されている。

1980年代末、WWFの全米進出によってテリトリー制が崩壊し、NWA末期における最大の団体であったジム・クロケット・プロモーションズテッド・ターナーに買収されてWCWが台頭した後は、NWA王座は実質的にWCWが管理するようになり、その際はWCWの管理する一王座という扱いであった。そのため、その権威は大きく下がり、さらにWCWのNWA離脱と共にスター選手もNWAから離れたため、権威は更に大きく下落した。1990年代後半から2000年代初頭にかけてはインディー団体の一王座にまで権威は低下した。

2002年に入り、NWAとの業務提携によりTNAが王座を管理する権利を獲得(管理する期間は2014年まで)。以降実質的にTNAの王座となっていたが、2007年5月業務提携終了によりベルトの管理権を剥奪された。

以降はROHなどアメリカのインディー団体や、メキシコのCMLLでタイトル戦が行われている。2008年10月25日にはブルー・デモン・ジュニアがメキシコ人レスラー、覆面レスラーとして初のNWA世界ヘビー級王者となっている。2013年よりNWAから新日本プロレスへ挑戦表明がなされ、新日本プロレスのビッグマッチでもタイトル戦が行われるようになった。2014年1月4日東京ドーム大会で小島聡が、日本人としては橋本真也以来の王座に輝いた。

また、WWE世界ヘビー級王座は元々WCW世界ヘビー級王座を復活させたものであるが、WCWの番組内でWCWとNWAの両王座が統合された経緯を根拠に同一のものと主張、あるいは意図的に混同し、NWA、WCW、WWEに至る世界王座のDVDを販売している。

ベルトの改変

NWAが公式に初代ベルトとするものはルー・テーズが第2代王者に認定された際に持っていた物で、このベルト自体は1921年から使用されていた。1960年、長年の功績をたたえテーズに贈呈された後、UWFインターナショナルのプロレスリング世界ヘビー級王座に使用され、テーズも最高顧問に就任。

初代が贈呈された後、黒革の2代目ベルトが作成された。

3代目はハーリー・レイスが初めて王座奪取した1973年に角ばったデザインの物を作成。馬場が三度奪取した際のベルトはこのデザインのものである。このベルトは一時小橋建太に貸与されていた。

4代目は1986年にリック・フレアーが5度目の戴冠を果たした際に黄金に輝くベルトを作成。「ビッグ・ゴールド」(en:Big Gold Belt)、また「フレアー・モデル」と呼ばれる。このベルトはWCWでもそのまま使用され、NWA離脱後もWCW世界ヘビー級王座(のちにWWE世界ヘビー級王座)のベルトとなった。

そしてNWAがインディー系組織として再始動すると、レイス時代のものを復刻し現在に至る。

Wikipediaより

 

 

ドイツのベルトパフォーマンス社製。

全長約1,240mm。

重量約4kg。

ストラップ本革。

収納袋無。

刻印無

K-1(ケイ-ワン)は、1993年より開催されているヘビー級を中心とした世界的に知名度の高いキックボクシングプラットフォーム格闘技ブランド2012年1月より、香港に登記されるK-1 Global Holdings Limitedが商標権等諸権利を取得し、世界各地でイベント運営が行なわれている。

名称の由来

K」は「空手」、「キックボクシング」、「カンフー」、「拳法」などの立ち技格闘技あるいは「格闘技」そのもの、そして「KING」の頭文字を意味し、1はナンバーワンを意味しており、空手やキックボクシングなどの打撃系立ち技格闘技の世界一の最強の格闘者を決める大会を行うというのが設立のコンセプトである。命名者は全日本新空手道連盟創師の神村榮一。

「K-1」の商標権は元々は創設者である石井和義が所有していたが、2011年7月に不動産デベロッパーのバルビゾンに移管。2012年1月にEMCOMホールディングスがバルビゾンの持つ商標権を買収することを発表し、最終的には当時EMCOMの子会社だったK-1 Global Holdings Limitedが諸権利を取得するに至っている。

K-1 WORLD MAXシリーズ

ミドル級(70kg契約)およびライト級(-63kg契約)のトーナメントおよびワンマッチの大会。

2002年の第1回からTBS系列で放送されており、日本代表決定トーナメントを皮切りに、年4回開催された。地上波放送から数週間後以降にTBSチャンネルBS-TBS(旧BS-i)でも放送、試合をピックアップしてJ SPORTSでも放送されていたが、2010年5月のライト級トーナメントからはスカチャンのPPVにてMAXでは初となる生中継を行った。

Wikipediaより

 

 

 

 

豊嶋製

SIMAタグ付。

プロレスマスク界の巨匠「豊嶋裕司」の実寸手形をメインプレートにした古希記念オブジェ★ / サイズ:ベルト部分(長さ約64cm×中央高さ22.5cm) プレート(約1cm) 重量(約270g) 「生きてるうちに遺作を作ときました!洒落でね(笑)」(豊嶋裕司・談) 豊嶋裕司

1950年11月13日生まれ
日本人初のプロレスマスク職人

1980年、OJISAN企画を創業。
初代タイガーマスク、獣神サンダーライガー他、数々の伝説のマスクを生み出したマスク制作のパイオニア。
マスク以外にもコスチューム、シューズ、レガース、キックミット、チャンピオンベルトまで、デザインはもちろん機能性にこだわった作品は数多くの一流レスラーたちに愛されてきた。
SIMAスポーツ代表として現在も制作活動を続けている。

「誰もやっていないこと。誰も思いつかないこと。誰よりも早くやる。」(豊嶋三原則)