私の仕事  
マンションの営業なんですけども  

   

モデルルームに来た方を案内して  
住みたいと思ってくれた人に  

   
マンションを提供する  
って仕事なんですよ  

モデルルームは  
本来は予約制  

その日はモデルルームに  
突然おばあちゃんが来場しました。  

 
 雨の降っている日でした。  

   
予約はないです。  

   
「ちょっとみせて」  

   
そんな言葉とともに入ってきたおばあちゃん  
後から聞いたら80代でした。  

   
古びた自転車に  
ヨレヨレの服  

   
一見とてもマンションが買える  
資金力のある人には見えませんでした。  

   
マンションとかのモデルルームって  
来場者プレゼント  
みたいなのがあるんですよ。  

   
QUOカードだったり  
商品券だったり  
ちょっとしたお菓子だったり  
洗剤だったり  

 
 
その時々で変わったりもするんですけど  

   
だからそれ狙いかな  
って思ったんです。  

 
 
事実たまににいらっしゃるんです。  
そういったプレゼント目的の来場者  

 
 
モデルルームにそのプレゼント達を  
飾ってる棚みたいなんあるんですけども  

   
案内してる間も  
ずっとそっち見てるんですよ。  

   
フラフラ歩いて  
気になって  
もうその棚を見に行ったりして  

   
もちろん仕事は仕事  
先入観を持たず丁寧に
話を聞こうと意識しました。  

   
そして話を聞いていくと  

 
 
「去年主人が亡くなったんだ」  
と  

   
かわいそうだなと思いました  
寂しいだろうな  
って  

   
もともとそんな感じの身なりの方  
と言うと  
とても言い方が悪いのですが  
みんな共通して  
寂しがっている人多い気がするんです。  

 
 
必死に自分を受け入れてくれる人を  
探しているっていうか  

 
 
多分、  
多分ですけど  
どこに行っても  
冷たい目線を浴び  
どこかお店で話しかければ  
早々に会話を切られ  

 
 
その中で生活に困りながらも  
人の暖かみにも触れられず  
苦しんでいることだと思うんです。  

 
そして去年、長年連れ添った
パートナーを失ったとしたら尚更  

 
 だから「本気で話を聞いてあげたい」と  
上から言ってるようでおこがましいんですけど  

  マンションは買えなくてもいい  

せめて  
せめて暖かい気持ちにして  
帰してあげたい  

   
そう思いました。  

   
だからできるかぎり 
優しく暖かく  
そしてヘタにそれを察して
気遣せないよう

お話しました。  

昔話を聞かせてもらって  

出身から孫の話なども  
たくさん聞いて  

かわいい笑顔で、  
よく笑うおばあちゃんで  
楽しそうに話してくれて  

   
嬉しかったです。  

   
「そしたら  
娘と妹がいる」  
と  

   
「ただ娘とは不仲で  
もうしばらく連絡も取ってない」  
と  

   
ご主人が亡くなって  
娘まで離れたなんて  
余計寂しいだろうな  

   
って  
私も悲しくなったんです。  

   
そして  
「妹も独り身なんだ  
だから一緒に住みたいな」  
 
少し目に涙を溜めて  
話してれました。  

 
 
私も一緒に泣きそうになりながら  
話を聞きました。  

   
マンションの話はフワフワしたまま  
本当に買うか わからないまま  
「この部屋が良いな」  
と  

   
3LDKの部屋で即日申し込み  

   
「1週間後に  
手付金〇〇万持ってきてください  

   
その時に契約しましょう」  

   
それで話は終わりました。  

 
 
帰り際  
「これもらえるの?」  
「これもちょうだい」  
棚に飾ってあるものを  
どんどん指さし求めてきます。  

 
 
最後のお見送り  
雨の中自転車で来たので  
もちろん自転車で帰るんですけど  
荷物が濡れないように  
しわしわのビニール袋に  
荷物を入れ帰っていくんです。  

 
 
その地域の自治体指定の
燃えるゴミ回収用のビニール袋でした。  

   
上司への報告  

   
「次回の約束は一週間後です  
正直本気なのかどうか  
来るかどうかはわからないです」  

   
そう伝えました。  

   
翌日の昼  
昼食のため外出してたんです。  

 
 食事をとっていると
事務所から電話がありました。  

 
 
「昨日来ていたおばあちゃん  
今来場されました。  
〇〇さん(私)戻るまで待ってるとのことです。  

 
 あと『手付金持ってきた』って言ってます。」  

 
 
と  

 
 
「すぐに戻るから  
10分ほどで来るって伝えておいて」  

とだけ言い  
急いで事務所に戻りました。  

 
 
また同じ古びた自転車のカゴに入った  
ボロボロのバッグから  
銀行の封筒  

   
間違いなく伝えていた金額でした。  

   
「私は戦後を経験してるから  
贅沢はしないで  
生きてきた  

   
娘と孫に資産を  
残してやりたいけど  
バツイチ同士の結婚でね  

   
主人と元妻の間の子供に  
遺産を取られてね  

   
娘には負い目がある  

   

   

   
もう一回娘と  
仲良くなりたいな」  

   
と  

   
それが娘との不仲のきっかけでした。  

 
 
身なりからわかる  
質素な生活をして  
そうやって貯めたお金を相続で揉め  

 
 
家族とも不仲になり  
苦しんだことだろう

と  
 
また泣きそうになりながら  
おばあちゃんの話聞き  

 
 
「自分の相続の時も  
もう考えなきゃならない  

 あなたに相談に乗って欲しい」
と  
言っていただけました。 

 
 
「任せてください  
私たち  
相続の相談も 
家族との不仲の相談も  
たくさん受けます  

一番いい形で  
不安なく過ごせるように  

お手伝いさせてください」  

   
と話して  

   
サポートしてくれた上司も  
私の肩に手のっけながら  

   
「〇〇君は若いけど優秀で  

なんでも相談できる孫が  
もう1人できたと思って  

頼ってやってください」  


と言ってくれました。  

 
おばあちゃんは安心した表情で  
帰って行かれました。  

   
そしてバレンタインの日に
また来場され  

   
「〇〇さん  
これあげる  

 今日はバレンタインだよね」  

   
と  

   
一輪、花をいただいたんです。  

 
 
そして  
「娘の会社の組合で  
割安で入れる  
コンサートあるんだけど  
行く?」  

と  

   
「娘ともうしばらく  
話してなかったけど  
家のポストにそのコンサートの  
案内が入ってた  

   
娘が入れたんだと思う  

   
だから  
もし行くなら  

   
『行きたいって人がいるよ』と  
それきっかけで  
ひさしぶりにやっと  
娘と話せるかな」  

と  

   
期待と不安が入り混じっているのか  
複雑な表情を浮かべていました。  

   
でも娘さんも不仲なの  
嫌だったんだと思うんです。  

   
だってわざわざ  
ポストに入れに行ってるんです。  

   
仲直りのきっかけを  
互いに探してたんだと思うんです。  

   
「行きます」  

   
そう答えると  
少し緊張した表情で  

   
「じゃあ娘に電話してみるね」  
と  

   

バレンタインの日は  
それで帰って行きました。  

   
そして翌日  
少し泣きながら  
モデルルームに来たんです。  

   

「娘と話せたよ  
ありがとう」  

   
と  

   
「本当によかったです。  
娘さんと話せて」  

と  

私も少し  
泣きました。  

   

もらったお花  
次おばあちゃん来た時  
見せてあげたいな  
と思って  

持って帰って家に飾ったんです。  

 
 その写真を見せて  
「お花持って帰って  
家に飾りましたよ」  
と言って  

 
 
スマホの写真を見せたら  
うれしそうにまた  

 
 
笑ってくれました。