わたし今年で卒後7年目のJ内科医です。
昨年夏に長男を出産したため、約1年ほど休んでおり、数ヶ月前より徐々に仕事復帰いたしました。
この一年は生まれた子と常に一緒で、その成長をすぐ近くで見ていられるという幸せを存分に味わっていました。自分の子というのは不思議なもので、俗にいう無償の愛というものを全力で注げる存在。それぐらい愛おしくて、大切で、何物にも代え難い宝物なのです。
ただそれとは全く別の次元で、女性として家庭に入り、社会との繋がりを失うということ。これまでの医者としての仕事や経験を無駄にしてしまうということは、私にとって耐え難いものでありました。
子供と一緒にいてあげたいという思い、それとは裏腹に仕事をしたいという気持ちで随分葛藤したように思えます。
そんな中、思い描いた未来の自分の姿。そこでの私は白衣をまとい、聴診器片手に仕事をしている姿でした。
子供には少々寂しい思いをさせるかもしれない。それでも家庭に入りストレスを溜めた母とずっと一緒にいるよりは、仕事をして、生き生きしている母と、たとえ一緒にいる時間は短くても、たくさんの愛情をもって、接してあげられればよいのでないだろうかと思うようになりました。
実際、仕事を始めてみて思うことは、やはり復帰してよかったということ。
多忙な日々だけれども、毎日が充実しています。
そして、短い時間だけれども、子供と一緒にいられる時間は何よりの宝物です。
昨年夏に長男を出産したため、約1年ほど休んでおり、数ヶ月前より徐々に仕事復帰いたしました。
この一年は生まれた子と常に一緒で、その成長をすぐ近くで見ていられるという幸せを存分に味わっていました。自分の子というのは不思議なもので、俗にいう無償の愛というものを全力で注げる存在。それぐらい愛おしくて、大切で、何物にも代え難い宝物なのです。
ただそれとは全く別の次元で、女性として家庭に入り、社会との繋がりを失うということ。これまでの医者としての仕事や経験を無駄にしてしまうということは、私にとって耐え難いものでありました。
子供と一緒にいてあげたいという思い、それとは裏腹に仕事をしたいという気持ちで随分葛藤したように思えます。
そんな中、思い描いた未来の自分の姿。そこでの私は白衣をまとい、聴診器片手に仕事をしている姿でした。
子供には少々寂しい思いをさせるかもしれない。それでも家庭に入りストレスを溜めた母とずっと一緒にいるよりは、仕事をして、生き生きしている母と、たとえ一緒にいる時間は短くても、たくさんの愛情をもって、接してあげられればよいのでないだろうかと思うようになりました。
実際、仕事を始めてみて思うことは、やはり復帰してよかったということ。
多忙な日々だけれども、毎日が充実しています。
そして、短い時間だけれども、子供と一緒にいられる時間は何よりの宝物です。