溶血性尿毒症症候群②
12月になってしまいました!
今年が終わる前に息子の入院日記完成させておかなくてわ、、、
忘れてしまう前に、、、
7/1
状態は楽観も悲観もできない状態。
少し不安を抱いていた息子でしたが考えは前向きになれました。
体は毒素が腎臓や、膵臓など体のいろんな部位にダメージを与えており、彼の体がそのダメージを残さないために手を尽くしている状態。
また明日も昼から二人で勇気付けに行こう。
7/2
ヘモグロビンの数値が下がりすぎていて病気と戦えないため輸血しました。
赤い尿が出ています。
幸い今の所尿の量はたくさん出てるので透析は免れてます。
7/3
昨日とあまり変わらず集中治療室で一日二回血液検査をしながら日々治療方針を考えてやっている状況。腎臓の機能は日々少しずつ下がってはいるが、まだ透析をしなくてすむギリギリライン。
なんとか透析をぜずにすむように祈るばかりです。
今日も尿の量は絶好調。
でも相変わらず赤い尿。
7/4
転院してから今日で四日目。
また今日もお昼から2人で勇気付けに行きました。顔色はあまり良くありません。
まだ山は越えていない為、楽観も悲観も出来ない状況。
応援してくれてる友達や先生など皆さんのパワーをもらって前向きに三人で立ち向かいます。
彼はかなり頑張っています。嫌いな注射も1日2回しており、赤血球、ヘモグロビンが足りなくなった為輸血もしました。点滴は常についておりかなり辛いと思うのですがほとんど弱音を吐いません。唯一「お腹が空いた」「ご飯いつ食べれる」などお腹が空いていることにだけは猛烈アピールしてきます。
まだご飯はしばらく食べれないためそれをどう乗り越えようか私たち夫婦の今の課題です。
そして今日はわたしの仲良しの友達が三人病院に来てくれました。
精神的に不安定なわたしに勇気付けてくれて本当に感謝です。
息子にもたくさんのお見舞いの品を頂きました。
たくさん泣いてしまいましたが、本当にありがとう。
7/6
少し希望の光が見えてきました。上がり続けていた数値が少し緩やかになりました。まだ油断はできないのですがこのままみんなのパワーをもらってぜったり治ります。
応援してくれてるみなさんには本当に本当にありがとうございます。感謝します。
七夕の短冊にスクールみんなが息子が治るようにと書いてくれていて涙が出るほど嬉しかったです。
7/7
本日七夕。
嬉しいお知らせが、、、
山は越えたかもとの見解でした。少し数値が良くなってきた様です。上がり続けていた数値が下がり始めました。
まだ安心はできませんが希望の光が見えてきました。
そして今日からカテーテルが外されました!!!トイレでおしっこして良いとのこと。
まだ貧血にはなる可能性がある為もう一回くらい輸血が必要かもしれないとの事ですが一安心です。
そしてなんとなんとやっと食事が食べれるようになりました。
7/8
昨日尿のカテーテルが外されたので彼も体が少し楽になったと思います。
点滴はもうしばらく外せないようですが、、、
今日も息子の気持ちが前向きになるようがんばります!
今日病室に行って入る前に覗いたら、息子が起き上がって片手使えないの一生懸命何かを書いてました。
そして今日はパパの誕生日。看護師さんに頼んでペンなのを借りたみたいでパパに手作りカードをあげてました。
ここまで元気になってきて本当に嬉しく思いました。
体がまだ怠いのにパパにカードをあげたいという想い、涙が出てしまいました。
7/10
山は越えたものの登った山が高かったようでまだ集中治療室で頑張っています。一般病棟にはもう少しかかるようです。
退院の件を先生に聞いてみたのですがまだいつ頃とは言えないようでした。でも、確実に少しづつ良くはなってます。
7/12
息子は経過良好で来週中には退院出来るかもとの事です!!!
そして我が家は昨日引っ越し。
息子が入院して引越しも延期しようか悩みましたが退院してからバタバタ引っ越すより入院中に引っ越して、退院後ゆっくりしてもらえる方が良いので引っ越ししました。
バタバタでしたが母に助けてもらい何とか乗り越えられました。
7/13
パパは今日から会社復帰。
わたしのみ病院の面会は行くことになりました。
息子はだいぶ調子も良くなり、笑顔が増えてきました。
7/13
7/15
息子は今日から隔離解除になりました!
明日の血液検査次第で金曜日に退院できるとのことです!
本当にうれしい。
7/16
先程、主治医の先生とやっとお話しできて明日の退院は見送りになりました。
明日から月曜日までは外泊許可が出て、月曜日に戻って火曜日にまた検査して問題なければ退院になるそうです。
少し伸びてしまいましたがあともう少しなので頑張ります。
7/17
今日の退院の許可は出なかったのですが外泊許可が出たので今から家に帰ります!
退院は来週火曜日の検査でまた決まるそうです。
7/22
息子が昨日やっと退院できました!
まだヘモグロビンだけが低いのですが徐々に上がってきているのできっと大丈夫かと思います。
しばらくは幼稚園も休み来週から少しづつ慣らしていこうと思います。
溶血性尿毒症症候群①
おはようございます。
さてさて先日書いた溶血性尿毒症症候群と診断されるまでの様子を今日は書こうと思います。
6/25 頭痛、嘔吐により幼稚園から呼び出し。タクシーで帰る。
少し元気なし。少し熱あり。
早寝させる。
熱中症かな?と思う。
6/26 熱は下がったがあまり調子が良さそうではない為、幼稚園は休ませる。母にお願いして会社へ。
会社から帰ってきても実家から帰りたくないと言い実家に泊まる。
少し元気なしだか、おにぎり食べたそうです。
6/27 息子が朝方帰ってくる。 お腹が痛いと言うのでかかりつけ小児科に連れて行く。
少し赤い下痢みたいだけどスイカかなぁ?という感じだったので先生にはサラッと赤っぽい下痢だったと告げる。
急性胃腸炎の診断を受ける。
午後新居に行かなくてはいけない為、実家に息子をお願いする。
用事を済ませてまた実家へ。
息子はお腹が摩ってないと痛くて泣く。
家に帰るもお腹の痛みが治まらず、下痢はスイカではなく血便だとはっきりわかるよう状態になる。
数分おきにトイレ。
やはりおかしいので土曜日午後でも診てくれる病院を探して連れていく。
もしかしたらO157か、ノロもしれな
いと言われる。
便の検査をする。結果は来週と言われる。
抗生剤を出してもらい帰宅。
薬を飲んで寝る。でも、お腹の痛みはあまり変わらず。夜な夜なお腹を摩る。
トイレも頻繁。
6/28 一日中症状変わらず。
食事も取れず。
なんとか水分を取らせるがアクエリアス系は飲めなくなる。
呼びかけに反応が悪くなる。
その夜もずっとお腹を摩るのとトイレの交互。
6/29 私は仕事へ。
息子はなかなか起きず。
10時ごろかかりつけ小児科にパパが連れて行く。
脱水になってる為点滴。
そして血液検査と検便。抗生剤を出してもらいその後は帰される。
パパから連絡が入り家に帰るとのこと。
もう絶対に入院かと思っていたが帰されたので納得いかずパパに総合病院に連れて行かせる。
総合病院で脱水が酷い為入院。
血液検査、レントゲン、検便、点滴をする。
私は急いで帰り病院へ。
病院的にはまさかO157ではないと思うとの見解で薬はなし。点滴のみ。ただの細菌性の腸炎との事。
私も病院に泊まる。
赤い下痢はあまり出なくなってきた。
尿も出ているので少し安心する。
夜中は相変わらずお腹が痛くて起きるが前日よりはマシになる。
でも、ほとんど喋らない。
6/30 相変わらず顔色が悪いが少し元気になった気がした。
お腹が空いたと言う。
ご飯は食べてはいけない為水分で紛らわせる。
相変わらずあんなに好きなアクエリアス系は飲まない。
お腹が痛いと言う回数も減ってきた。
午後になり熱が出てきた為、抗生剤を飲む。
そして目が腫れてきた。
エコーをするが大腸が腫れているため何かの菌であろうと。
入院してる病院の先生に伝える。
私が動揺していると毒性の強いものとそうでないものがあるのでまだわからないと言われる。
その後毒性の強い方と判明する。
パパが病院へ駆けつける。
私は動揺して泣き崩れる。
息子の身体に蕁麻疹が出はじめる。
入院先の先生たちが息子の状態にちゃんと対応が出来る病院を探して転院が決まる。
息子に『絶対に治るから頑張ろうね』と言ったら、『頑張れなかったらどうなるの? 』と聞かれ苦しくなる。
だんだん息子の蕁麻疹が増えてくる。
救急車が来て車で一時間ぐらい離れている大学病院へ救急搬送される。
パパは車で私は救急車に乗る。
病院まで一時間くらいの間に息子は少し寝る。
病院に付き息子の蕁麻疹がさらに増える。
不安そうな顔していて元気なし。
先生たちと話をした後、検査の為待合室で私達夫婦はまつ。
検査を終えて息子が戻ってくる。
蕁麻疹が全て消えていた。
その後先生から息子の今の状態を聞く。
溶血性尿毒症症候群を発症しているとの事。
今後透析が必要になる可能性が高いこと。脳症になる可能性もある事。腎臓にダメージが出ることなど簡単に説明を受けて入院になる。
部屋は感染症の部屋と大部屋は親が泊まることは出来ない。
息子は感染症の部屋の為一旦帰宅して翌日12時に来てくださいと言われ帰宅する。
夜中に横浜から帰宅。
ここから戦いの入院生活が始まりました。
ではまた~
二年ぶりのブログ
ブログを書かなくなって気づけば2年。
Facebookに慣れてしまってブログはご無沙汰。
でも敢えて沢山の方が見れるブログをまた書こうと思ったのは息子の病気があったから。
同じ病気にかかった人の不安を少しでも取り除くとが出来たら、、、
少しでも情報が与えられたら、、、
という思いと、
何年後かに息子に聞かれた時にちゃんと話すことができる様にしたい為の備忘録として書くことにしましした。
五歳の息子がかかったのはO157。
そして、それだけならたくさんの人がなる可能性がありますが、彼は珍しい合併症の溶血性尿毒症症候群(略すとhus)になりました。
何せかかる人が少ない為、
情報も少なく不安な毎日でした。
情報も少なく不安な毎日でした。
本当に怖い病気でした。
明日から少しずつ書いていこうと思います。




