自宅に帰る途中も信号機は全て機能しておらず、大きい交差点は警察官が数名で誘導していました。

自宅は勿論停電で真っ暗闇、微かにロウソクの炎が揺らいでいました。

先に家に着いたカミさんがロウソクや乾電池を準備してくれていました。

ラジオに乾電池をセットし(単1が8本に単3が4本!)ニュースを聞きました。

水は出ましたしプロパンガスなので簡単に晩飯を済ませ、暖房もない状態のため、8時半には床に就きました。

寒くて真っ暗な寝室で、ジオを聞きながらの就寝でしたが、徐々に被害の大きさを痛感し、余震の恐怖も相俟って、カミさんも俺もゆっくり寝られないまま朝になりました。

……続く。
3月11日午後2時半過ぎ、某スーパーで作業を終え、搬入口側の駐車場で報告書を書いていました。

そうしてるうちに、ゆらゆらと徐々に揺れが始まりましたが、「どうせ9日の地震の余震だろう」と思っていると、更に揺れが増し、従業員や搬入業者も外に飛び出して来ました。

揺れはそのまま今までにない時間続きました。

営業所に帰る際も、信号は消え、コンビニや飲食店等停電してました。

営業所に着くと、事務が暗い中でバックアップの電源でパソコンを使ってましたが、それも使い切り、「帰ろっか」と話していたところ、本社から帰宅指示が来たので、帰路につきました。

……続く。