まずはボランティアセンターの方達ありがとうございました。何百人ものボランティアの振り分け等とても大変だと思います。初日の今日は海岸からほどのお宅に積もった。瓦礫の片付け作業だった。で何度も見たあの光景。実際に目にした瞬間、ただどうしようもなく怖かった。心が折れる。そして悲しみが込み上げてきた。お宅のご主人は全壊した家の横でとても元気に振る舞い、こちらの心配までしてくれた。作業中、瓦礫の中から小学生の学習帳を見けた時はもはや涙をこらえることなどできなかった。家族の大切な思い出、生活感などあらゆるものが瓦礫と化している。こんな精神力でボランティアが務まるのか不安だけど、明日も精一杯お手伝いさせていただきます。よろしくお願いいたします。
地方選挙で勝利したとたん退陣要求このご時世で。谷垣総裁は空気が読めていない。民主党が野党だった時もいい加減にして欲しいと忌々しく思っていた。いの時代も野党がやることは変わらない。うんざり。うんざり。ホンネでは今の時点で政権は欲しくないくせに、国民の目を気にしてマイクパフォーマンスとはおめでたい。以下昨日の日記の再掲載。実は菅首相の原発事故に対する初動で極めて迅速な対応力を発揮していた。おそらくこれ以上はない最適解を導いていたといえる。産経新聞にこのような記事がある。3月11日午後4時25分すぎ。東電福島第1原発の異常を伝え聞いた菅は、首相官邸地階の危機管理センターから執務室に移ると、官房長官枝野幸男ら官邸スタッフを前にこう命じた。鬼のような形相に一人はこう感じた。死者が出ることを覚悟しているな東工大応用物理学科でものすごく原子力に強いと自負する菅はさっそく執務室にホワイトボードを持ち込み、原子炉の格納容器への海水注入などを次々に指示。午後10時に経済産業省原子力安全保安院から炉心溶融の可柏ォを指摘されると菅は12日午前1時半に炉内の蒸気を排出するベントを急ぐよう指示した。ベント開放、そして海水注入。これの意味することはなにか。当時、まだ原発本体は無事で復旧中だった。ベント開放は放射狽フ拡散を国民に強いるということであり、そして海水注入は原子炉へのダメージを見越し最悪廃炉を覚悟しなければならない。平常時の事故では考えられない対応である。最悪の事故を防ぐためなら多少の放射狽ェ放出されても高墲ネい。原発がダメになってもいい。首相は東電の報告を受けてそこまでの覚悟をして指示を出していた。原発は国策である。原子力発電所は首都圏における経済活動の生命線であり、また発電所を中心とした周辺地域の経済圏をも確立していて数万人の生活がかかっている。首相は原発の維持と事故防止を天秤にかけて、事故防止のためならあらゆる手段をとる方を選択した。しかし、結局原発は水素爆発を起こしてしまった。以後手が付けられなくなったプラントは坂を転げ落ちるように次々と損傷していく。なぜか。それは最後の手段であるベント弁そのものが損傷していたというのだ。首相の覚悟をあざ笑うかのような、悪夢よりも恐ろしい現実。午前6時過ぎ、首相は班目委員長らと官邸ヘリポートから上自衛隊の要人輸送ヘリスーパーピューマで福島第1原発へ飛び立った。首相は線量計を携帯していた。午前7時過ぎ、同原発に着いた首相は大地震に耐えられる免震重要棟に移った。そんな悠長な話か。早くベントをやれ首相の怒声が響く。未明に指示したベントはまだ実施されていなかったからだ。現場を熟知する吉田昌郎福島第1原発所長は実施を約束。この後、官邸は東電本店よりも吉田所長に信頼を置くようになる。東電も作業を渋る。保安院も決断を先延ばしにしようとお茶を濁していた。楽観論なのか、それとも保身なのか、それはまだ明らかにはなっていない。しかしその中で無謀ともいえるような執拗さでここまで首相自らがベント開放に力点を集中していなかったらどうなっていたか。おそらくもっと酷い惨事格納容器ごとの爆発という最悪の事態を招いていた可柏ォは高かったのではないだろうか。さて、そんな首相への退陣論が高まっているという。菅の何が駄目だったのかと具体的に指摘できる議員は本当にいるのだろうか。退陣論に閣僚から反論相次ぐ今回の原発事故はなぜ起こったのか。それは、原発を推進するうえで立法も行政も完全な事故蘭h措置を取れていなかったことがまずひと。その蘭h措置をとるための根拠となる情報、まりクラスの地震が起きる可柏ォを事前に集積できるだけの力が行政に不足していたことがふた。最後に東電の事故対処迫ヘに限界があったことのみっが重なって起きた。重ねて書くが、原子力発電は国策である。そこには自民党も民主党もなく、ただ推進あるのみだった。ここに東京電力株式会社福島第一原子力発電所1号炉の経年劣化に関する技術的な評価の結果及び長期保守管理方針に係る審査結という資料がある。平成年月に原子力保安院が作成した報告書だ。ここには、経年劣化した福島原発のプラントを改めて評価し、年間使用し続けるもりであったという旨が記述されている。時系列でまとめるとこうなる。まず保安院は平成年に実用発電用原子炉施設における高経年化対策実施ガイドラインを策定。平成年といえば、当時は福田内閣が政権を担っていた頃だ。これに基づき、平成年月に東電はプラントの使用継続瑞ソを行い、保安院は検査を経て福島原発の寿命を年延長することに合意した。これの意味するところはどういうことかというと、自民党政権も民主党政権も最初から廃炉にするもりはなかった、そういうことである。それでも自民党の議員は本当に首相を追い込むもりがあるのか。仮に民主党政権を追いやり自民党が政府の地位に返り咲いたとしても、その先に待っているのは苛烈な戦犯探しである。福島県の浜通りは今後何年もの間、岩城から仙台へ抜けることはできなくなってしまった。国土を往来する自由を国民から奪った、その責任を誰が取るのか。与党も野党も血を見ることになる、それを見越したうえでの退陣論なのか。立法府はみな共犯関係と言える。立法府の責任はすなわち国民の責任でもある。問題を改善できなかったのは、日本人全員の責任だ。なぜなら、民主主義の国日本は福島原発の事故を防ぐことができなかったからだ。日本は放射狽「界にばらまいている。それなのに今このタイミングで党利党略という既存戦略に則った政局を演出している場合なのか。国民を馬鹿にしているのか。自分たちの手は血で汚れていることを自覚しているのか。野党だけでなく与党からも退陣の声があがっているという。海の外から眺めれば、なんと愚かな国なのかと映ることだろう。被災地ではまだまだ普段の生活に戻れず苦しんでいる多くの人がいる。原子力発電所はいまだに嵐fを許さない。この状況下で、まさか政局とは。
昨日の深夜、で放送されていたドラマ野田ともうします。が、すごい面白かった。すぐ終わると思ったら、昨年ワンセグ放送されていたものを一挙放送だったらしく、分話、終わったのは時でした。ほしいなぁ。発売されないかなぁ。原作は同名の漫画らしいです。せめてそっちを買おうか。