何年か前に読んだ「嫌われる勇気」という本。
最近の自分とリンクした。
まず、人間関係。
どんなに親密に付き合おうとも、自分の前から去る人は去る。
去った人は、自分との縁がなくなった人だ。
それこそ、去るもの追わず…だ。
以前の私は、人に嫌われないように嫌われないように…顔色見て生きていた。
「嫌われる」ことが怖かった。
友達もいない自分がイヤだった。
それゆえ、偽者の自分がそこら中にいた。
喧嘩になると、いや相手の空気に異変を感じだすと、「どうしよ…」とおどおどする。
自分だって気分を害してるのに、「ごめん」と言ってしまう。
それならまだしも、顔色をいちいち見る私だから、相手の様子に違和感あれば、気になりすぎて「何か変なこと言ったかなあ?」と本当の相手の状態も知らず、相手を気にしすぎて、時間をさかのぼり、自分の行動や言動を見直す。
なんて、しんどい私だったのだろう。
…と、今なら思う。
今は、何らかのきっかけで私から去る人は、縁がなくなった人。
どんなに仲良くったって、そんなことはある。
去る人を食い止めようなんて思わない。
相手を傷つけたり、思いやりのない言動は避けるが、自分そのものでお別れすることには自然のまま流される。
嫌われてもいいや。
どこかそんな気持ちかまある。
その方が、縁のある相手とは良い関係でいられる気がする。
ちゃんと自分の思いも伝えることが出来る。
顔色見てばかりのときは、人間関係もビクビクしていたし、偽の言葉を並べていた。
「嫌われる勇気」
これって、本当にいい関係を作ることだ。
マウント取ったり取られたり、しんどい人間関係に悩むこともない。
どう感じようが思おうが、それはその人の選択にすぎない。
それで、孤独と呼ばれる状態になってもいいじやない。
考えすぎて、しんどくなるのは嫌だ。
気を使い出来た友達なんかいらない。
小学生のときの友達の居ない子は可哀想。
そんな習慣?!が、人生を苦しめる。
ひとりでも楽しめることがある。
それでいいよ。