今日、ハゼ釣りに大浦へ行った。竹崎港、道越港、野崎港と午前中ぐるぐる回り、合計20匹ほど釣れた。

 

私は、この時期になるとハゼ釣りをする。もう、本能的行動のようになっている。

 

ハゼ釣りは、小学校に行く前から私は父について行き、ハゼ釣りを覚えた。そして70歳になってもまだやっている。魚釣りが趣味で好きというレベルを超え、もうまさにこの時期になれば私の脳味噌の中で本能的にハゼ釣り行動が始まるのである。

 

思えばずーと昔の私の中学時代の友達「晋ちゃん」が卒業文集にこんな事を書いていてくれた。

 

「友 達」 岩永晋介

三年になって、僕はおもしろい友達をもった。満(マン)と典久(テンキュウ)とパーマンである。三人とも釣りが好きで、良く釣りに行った。満はつりのよくいえば専門家であるが、ふだんは落ち着いていて、俗にいう心の広い人間の一人である。僕は彼と付き合ってみて、良かったと思う。なぜなら、彼は、いつの間にか僕に寛大な心を持てということを教えていたからである。

 

※「私の中学時代の友達晋ちゃんへ」 霜村満

晋ちゃん、ごめん。ついそのまま君の卒業文集そっくりFBに投稿したことをお許しください。懐かしくて嬉しくてね。会いたいなあ。こんなことを書いてくれたんだね。ありがとう。

僕は君が思うほど心は寛大ではなく、今でも毎日いつもおろおろうろうろして生きているよ。

先月の8月11日鹿島の清川で鹿島中学の古希を祝う同窓会をやったよ。なんと僕が代表世話人での実施だったよ。ざっとなかったけど、参加した友達(58名)はみんな喜んでくれたよ。担任の藤家恒善先生も元気でご出席。会の進行の中で、僕は「物故者現在26名です。」と報告しましたが、まさか、君が物故者の中に入るとは残念無念。

もう一度、70歳になっても僕は君と一緒にハゼ釣りに行きたかったのに。とハゼ釣りしながら友を思った一日でした。