「なんでも規制緩和」路線が招いた外資による農地買収「自由化」の末路

外国人に「農地解放」したNZでは中国人経営の農場でアフリカ人が働く構図が

2023年8月2日

 

姫路大学特任教授:平野秀樹

 

2023年7月――。

「よくぞここまで…」

「もう中国に農地を買わせないと農水省が踏み込んだ」

本年9月から、農地を新たに取得する個人や法人に対し、農水省が国籍の報告を義務付ける方針であると伝えられると、右系に近いメディアでは鬼の首でもとったかのように歓迎した。よいことではあるが、はしゃぎすぎである。外資による農地買収の勢いはそれでも止まらないからだ。

以下、新刊拙著『サイレント国土買収』の内容をもとに、農地買収の未来を占ってみよう。

 

グローバル荘園

ニュージーランド――。

オークランド郊外に農場がある。畑で耕作し、羊の群れを追う労働者がいる。アフリカの人たちだ。農場と牧場を経営するのは中国人である。もちろん土地所有権も持つ。ニュージーランドの国土を使って、中国人が事業を営み、アフリカ人がそこで雇用されている……。そこで産み出された農産物、乳製品、畜産物は、中国本国へ運ばれていく。生産物ばかりでなく、そこで得られた利潤(果実)もまた、中国へ吸い上げられていく構図だ。

領主と使用人、地主と小作、網元と漁師。そういった支配的、隷属的な関係が、働き手たちの祖国から遠く離れた国ではじめられている。

グローバル化された国土のすがたの一つで、移民が増え、社会基盤の多くを支えていくようになると、多かれ少なかれ、各国でこういう姿が見られるようになる。

翻って現下の日本。

農地は全地目の中で唯一、売買規制がある地目だったが、2023年4月、構造改革特別区域法の改正により、限定的だった企業(外資含む)の農地所有について、その特例を希望した全国の自治体(市町村)に認めるという新制度が成立した。農地法等がほぼ骨抜きとなり、市町村と農業委員会の決定権が増し、委ねられるかっこうになった。審査力に乏しい自治体は、形式審査しかできず、容認せざるを得なくなってしまうだろう

改正の引導役は新自由主義者たちだ。

 

道標なき規制緩和

振り返れば、過去20年間の政府方針は「なんでも規制緩和」の一環で、農地売買を緩め続けることだった。結果、2016年に企業参入に対する制限は実質的になくなった。

農地所有適格法人(外資含む)の役員の過半数が農作業に従事しなければならないという縛りが撤廃され、農業に従事する重要な使用人(外国人でも可)の一人が法人内のどこかに居さえすればよくなったのだ。

この緩和でひと段落して終了かと思いきや、そうではなかった。なお参入障壁があるとされ、農地取得の企業参入(外資含む)を促進するためのさらなる農地解放が求められた。

推進エンジン役は、政府規制改革推進会議(河野太郎規制改革担当大臣)で、2021年夏、改正期限(2022年内に実施義務)を付けた法案を国会へ提出することを閣議決定した。

これに抗したのが、自民党総合農政調査会や農林部会である。反対活動は真摯に続けられ、2022年春に改正期限をつけないことでほぼ決着した。外資や在留外国人による農地の買収現場(北関東)を確認できたことが大きい。永田町の見識はまだ残っていると筆者は胸をなでおろし、改正スケジュールはてっきりズレ込んだと安心しきっていた。

ところがどっこい、規制改革推進派は黙っていなかった。

2022年末に巻き返し、2023年通常国会において、該当市町村の役割強化と引き換えに、容認してしまった。企業の農地買収の規制緩和措置を国の号令一下、全国一律に認めてしまう「国家戦略特区」ではなく、市町村長の裁量にゆだねるという「構造改革特区」(構造改革特別区域法)として実施できる改正がなされてしまったのだ。

 

「国籍の記載を義務付けをしたから大丈夫です!」

現在、構造改革特区法に関連する農水省令(同法及び農地法施行規則案)のパブリックコメントが募集されている(8月4日まで)。

「これでますます外資の農地買収が進む」

「不明化が促進する」

そう悲観する者たちには、こんな異論があるはずだ。

「大丈夫ですよ。買収者の国籍は農業委員会に報告されますし…」

「法人役員や使用人の氏名、住所、国籍まで報告が義務づけられました」

「地域農業の他の農業者との役割分担も明記され、審査されます」

――そう受け止めるのは甘いと思う。蛇の道は蛇で、フロント役の日本人や日本企業が上手に手続きをやってしまう。真の所有者(出資者)を秘匿する法はいくらでもある

メガソーラーや風力発電でみてきたはずだ。

発電事業者の名前も住所も公表されているけれど、その子会社を采配している組織がどこの誰なのか、経産省も環境省も都道府県も市町村も知らない。事業者は子会社や孫会社で、真の支配者は不明のままになっている。いかようにも抜け道はあるのだ。

事業者が合同会社の場合、その代表者(代表社員:株式会社の代表取締役に匹敵するもの)を法人(一般社団法人等)とし、その代表理事にダミーの日本人や帰化人をかませる(GK-TKスキーム等と呼ばれる)と、そこから先はなかなか追えない。

 

農地買収の現在地

農地については2019年以降、毎年、農水省経営局は全国の地方農政局から報告を受けたものを公表しており、19年に4件、14.3ヘクタール(累計)だったものが、2023年7月の公表では121件、221.7ヘクタール(2022年末までの累計)に増えている。

ただこれらの数値は、日本中の外資買収を見てきた私の実感とはかなり異なる。異常に少ないと思う。

その少なさは、定義上の問題でもあるのだが、「在留外国人が占有する農地」を本気でカウントしていないことによる。

X県の事例(2021年)を挙げると、外国籍を有する者等(外資系法人含む)が所有権・賃貸借権を有している農地は総計4783ヘクタールで、このうち所有権を有していると見られる農地は、約3100ヘクタール、賃貸借権を有していると見られる農地は約1700ヘクタールである。

山手線の内側面積6300へクタールの76%に匹敵する面積が、X県一県ですでに外国人によって占有されている。

国籍別に見ていくと、中国籍を有する者等が取得した農地(所有権・賃貸借権)は3728ヘクタールで、全体の77.9%を占めており、スリランカ籍の者は255ヘクタール(全体の5.3%)、マレーシア籍の者は220ヘクタール(全体の4.6%)を占めていた。

冒頭に紹介した今回の農水省の措置により、単純な所有構造となる新たな買収事例の詳細が明らかとなるが、この影響で「在留外国人が占有する農地」も来年以降、調査が進み、統計上のカウント対象として定着するかもしれない。しかし、前述したようなGK-TKスキーム等の事例は、メガソーラーの場合と同様、背後でその会社を支配する仕組み(株式所有、多額出資)にしてしまうので、依然としてカウントされないままになる。

 

中国農場

心配なのは、ソーラーや風力発電のケースと同様、真の所有者(事業主体)が不明となってしまうケースが農地でも増えてしまうということだ。複雑な企業構造にすれば農地所有適格法人に誰が出資しているか、真の所有者はわからなくなる。度重なる規制緩和を引き金に、土地所有者の不明化はますます進むだろう。

「所有者は誰でもよい。農地として農業が営まれていれば…」と考える方も少なくないだろうが、歯止めなく広がる外資の農地占有が将来の日本にとっていいわけはない。

この先、農業への企業参入と、転売(M&A)が加速する一方、老齢化していく農業者は農地を手放し続けるはずだ。高値で買い取るバイヤーが出てきたなら、売りたい農家はごまんといる。一地主の良心だけで、国土を守ることなどもうできない。この国はどこまで行っても改革といえば、規制緩和しかできず、先の事を考えての種まきができない国家になってしまったのか。

間違いなく新規参入の大口は、匿名化された海外系資本(合同会社、ファンド含む)である。

日本の農地はグローバルファンドによる草刈り場になる懸念があるが、当然、その中には、ロンダリング目的のグローバル資本やチャイナマネーも含まれる。いや、実績からみてもチャイナマネーが中心となり、独壇場になるだろう。

近い将来、ニュージーランドで見てきたような中国農場が、日本列島でも現れてくるはずだ。特に、優良農地ではそのケースが増えていくだろう。ニュージーランドより日本は、上海や北京からはるかに近いからだ。信じたくはないが、現実的にはそうなっていく確率は高い。

 

『サイレント国土買収-再エネ礼賛の罠』(平野秀樹著、角川新書)

過疎は地方部ばかりでなく、大都会でも駅から少し離れれば、当たり前になったが、この日本列島はあと80年経つと、どんな姿に変貌しているか。移住者(移民)は増え、外国人は今の299万人(2023.1.1)から、2067年に総人口の10.2%になるという(国立社会保障・人口問題研究所による予測)。さらに21世紀末には、2000~3000万人以上がこの日本列島に住み着くことになるという推計もある。

それほど急増する外国人が、ほぼなんの制限も受けずに日本の国土を手にする。そうなったとき、彼らの好き放題に利用するような状況を、われわれは黙って見ていられるのか。日本人が大切にしてきた自然環境や農地が、滅茶苦茶にされても見過ごせるのか――。

外国人の農地所有に歯止めがかけられるかどうか。今はまさに瀬戸際の時期にきている。(平野秀樹)

 

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