すっかり放置しておりましたこのシリーズ。次はこの作品にすることは決めていましたが、主演のトニー・カーティスが亡くなったこともあって、これは書かなければと思い、唐突に復活です(苦笑)。
私が生まれた1968年の作品。ちょうど、黒澤明が日米合作『トラ・トラ・トラ!』の日本部分演出でトラブって(苦笑その2)いた時期に公開されましたが、監督のリチャード・フライシャーは、以前にも書いた通り『トラ』のアメリカ部分演出を担当しました。
1960年代のアメリカ・ボストンで実際に起こった、猟奇的な連続女性絞殺事件を題材に、ドキュメンタリー・タッチの中に実験的手法を織り交ぜた映画です。黒澤は、『トラ』のアメリカ側監督が自分と格的に釣り合わないフライシャーと知り、『ミクロの決死圏』を監督したばかりの彼を「ミクロ野郎!」と侮蔑していたらしいですが、この作品を観ていたら、少なくともドキュメンタリー・タッチを必要としていた『トラ』の監督としては認めたかも知れません。
最初に書いた通り、主演としてクレジットされているのが、この事件の犯人として逮捕されたアルバート・デザルヴォ役のカーティス。当初、この役には『荒野の七人』で一番若いガンマンを演じたホルスト・ブッフホルツが想定され、他にもウォーレン・ベイティや何とロバート・レッドフォードと、基本的に二枚目系の俳優たちが候補に挙がっていたらしいのですが、最終的には彼らより一世代ぐらい上ながら、やはり二の線のカーティスが演じることになりました。もっともカーティスは、典型的な二枚目役の一方で、人種差別意識むき出しの囚人(『手錠のまヽの脱獄』)やローマ帝国のお偉いさん(もちろん男)に好意を寄せられるシチリア人奴隷(『スパルタカス』)、そしてギャングの魔の手から逃れるため女性だけの楽団に女装して紛れ込むジャズマン(『お熱いのがお好き』)など、結構演技力(と勇気)が要る役をしばしば演じていました。
で、この作品の印象的な点と言えば、まずは分割画面の効果的な使用。特に、本筋とはほとんど関係ないものの、①女性の家にいたずら電話をかける変質者、②いたずら電話をかけられ、近所の協力で警察に通報する女性宅、③万全の体制のおかげで逆探知に成功し、犯人逮捕に向かう警察、の3つを並行して映し出す3元同時生中継(?)のシークエンス。ここでの分割画面の「正しい」使用法の前では、デ・パルマのマルチ・スクリーンも霞んで見えるほどです。
また、逮捕されたデザルヴォ取調べシーン。どうやら人格分裂を起こしていたらしい(このあたりの真偽は定かではないようです)デザルヴォが自身の犯行を思い出すところでは、この時代の映画としてはかなり斬新な表現が行われています。
また、この映画には、店内BGMやテレビなどの中で流れる音楽、いわゆるソース・ミュージック(または現実音楽)以外には、まったく音楽が流れません。それでも、それらがこの作品のために書かれたオリジナル楽曲だったせいか、ライオネル・ニューマン(長年、専属の音楽監督を務めてきた兄のアルフレッドに代わって、当時の20世紀フォックスの音楽部門を仕切っていた)が音楽担当者としてクレジットされています。ちなみに、この手法は先述のカーティス主演作『手錠のまヽの脱獄』でも使われています。この時の作曲はアーネスト・ゴールド。名コンビとなった監督のスタンリー・クレイマーとの初コラボでした。
割りと最近、この作品のDVDが発売されたばかりです。テレビ放映時の日本語吹替も収録。カーティスの声はもちろん広川太一郎だったりしちゃったりなんかして。