日本映画史に残る名優・小林桂樹さんが亡くなりました。


19年前のちょうど今頃(9月の連休)、東京に数日間遊びに行ったのですが、その時に今は無き銀座の並木座で邦画のサスペンス物の特集上映をやっていまして、私が観に行ったのが『黒い画集 あるサラリーマンの証言』に『首』という、小林さん主演作の2本立てでした。


松本清張原作の『あるサラリーマン…』も傑作でした。当時小林さんは『社長』シリーズなどで健全サラリーマン役を数多く演じていましたが、そのイメージを逆手に取ったキャスティングだったのでしょう。一見まさに真面目なサラリーマンだが不倫に走っていて、しかも殺人事件に巻き込まれたことでどんどん身を滅ぼしていく…という、同じ東宝作品ながら、かなりダークなイメージのキャラに扮していました。数年前、テレビのスペシャルドラマになっていたので観ましたが、主演が東山紀之だったのでア然としました。いや、ヒガシがイカンというのではなくて、やはり映画版の小林さんのイメージが強すぎて違和感を覚えたのです。


で、続いて上映されたのが、この『首』。有名な弁護士の正木ひろしが、後に「首なし事件」と呼ばれるようになる、自身がかつて手がけた実際の事件を描いた本を映画化したもので、私と同じ1968年の作品。監督はデビューして間もない頃の森谷司郎。後に『日本沈没』を皮切りに『八甲田山』などの大作を多く手がけることになりますが、この頃は加山雄三や内藤洋子(!)らの青春ものなど、小品ながら手堅い作りの作品を撮っていました。この作品も、当時の大手の会社の映画としては珍しく白黒・スタンダードサイズです(白黒はまだ多かったですが、スタンダードサイズはほとんどなかったのです)。


昭和18(1943)年(実際は翌19年)、茨城県の山村で、警察で取調べを受けていた一人の鉱夫が「脳溢血」で死亡します。しかし、その死因や警察の態度に不審なものを感じた遺族が正木に調査を依頼します。正木は拷問による死亡を疑いますが、警察も検事もすでに埋葬されていた死体を見せようとしません。戦時下で拷問が横行していたとは言え、正木の怒りに火が点きます。彼は徹底的に調査することを決意、東大の法医学の教授に相談すると、痛いの頭部さえ検分できれば、病死か拷問死か判断できるとのこと。しかし、警察側のガードは固く、遺体の掘り起こし許可など出る筈もありません。そこで、正木は何と、教授に紹介してもらった首切り作業のプロ(!)を伴い、極秘裏に墓を掘り起こして遺体の頭部を切断、東大に持ち込むという強硬手段に出るのです。


全編を覆うダークな雰囲気と緊張感。正木たちが首を東京に運び込もうとするクライマックスでは、彼らの動きを察知して妨害しようとする警察側との駆け引きがサスペンスたっぷりに描かれます。


ここでの小林さんはサラリーマン役の抑えた演技から一転、後に同じ森谷監督の『日本沈没』で演じた田所博士の原型とも言えるような猛烈なテンションで正木を演じます。ナレーターは高橋悦史。常連を務めた岡本喜八の映画で彼が演じた豪放磊落なキャラを思わせるような、型破りな語り口が印象に残ります。


ちなみに、『あるサラリーマン』の方はDVDになっていますが、こちらの方は未だにソフト化されていません(以前CSで放送されたことはありますが)。やはり、実際の事件の映画化だから、いろいろと問題があるのかも知れません。ウィキペディアで調べてみたら、被害者や加害者は匿名になっていましたが、東大の教授などはほとんどそれと分かるぐらい原型を留めた変名(?)が映画での役名になっていたので、被害者なども実名に近い形だったのかも知れません。あーこれじゃソフト化できないのも無理ないのかなあ。でも、出して欲しい。もったいないなあ。小林さんの追悼で出して下さい。


合掌。