今晩は。
今夜はネットを見ていてFTMの方のブログを見てました。

色々なブログがあるんだなと思ってみてたのですが、ひとつに惹かれてまして、ブログに残してみようと思います。

そのブログには、埋没派とオープン派と書かれていました。
双方は分かりあえない。と綴られておりました。

私はどちらかといえば、埋没派の方です。戸籍が男性に変更してから特にその想いが強くなりました。

が、子供の頃から住んでいる地域に変わらず住んでいるので、今でも女性、もしくは元女性扱いをされます。

仕事場では男性として働いているので、毎日の生活の中ではない事なのですが、家の近所で、小学生や中学生の頃から知っている人と会うと「あれ??」という感じで見られる事もあります。まったく気にせず、元の女性名で大きな声で呼ぶ人もいます。

全然、埋没してない生活ですねぇ。

ですが、このところ、やっと覚悟する事が大切なんだと思うようになりました。

埋没も、オープンも覚悟の生き方ですね。
どちらが、自分に良い生き方なのか。

大事な事は自分の生き方です。

そう思うのに、何故こんな事を書いているのか。
それは、私の周りにはどちらのタイプの当事者がいて、その人達に係る人達とも会えてるから。私自身にも理解しようと思ってくれてる昔からの付き合いの人達がそれぞれ違う対応をするから。

埋没したい人の多くは、過去の事を知らない人と新しい自分で付き合いたいと強く望みます。

オープンな人はいつも常に自分のマイノリティを公言してるので、新しい知り合いも、過去からの友達も、関係なく友達だし、知り合いになれます。

でも、分かりあえないんですよね。これ。

タイトルに「埋没とおなべ」にしたのは。

私の友人の中に子供の頃から「自分はおなべなんだ」と公言するオープン派な人がいたのです。彼は今でもFTMである事を隠さないし、FTMであって良かったと言います。結婚もしていて、2人の間で奥さんの子供をずっと育ててきて立派に成人させた立派な友人です。

一方で埋没派の友人も、長く付き合ってきた奥さんと離れる事なく、自分の夢に向かって努力しながら、前進している立派な友人です。

でも、オープン派な友人は埋没したいと思う友人を自分の友達に男友達と紹介してくれません。
むしろ、「おなべなんだよ!」と公言します。彼には悪気はないのですが。

その思いが分かりあえないのは、やはり、FTMだからといっても人それぞれだからですよね。
それは、人それぞれなのとなんの変わりもないのだと思います。

同じFTMでも違う思いで分かりあえないのですから、マジョリティの人達にはまるで分からない気持ちかと思えば。そんな事もなく…

そんなプライバシーを勝手に言うのは失礼だ!という人もいれば、

言うの分かってて、付き合ってるんでしょ?別にいいじゃないか。と言う人もいて。

思いは人それぞれです。

オープン派の友人には、どんなに男友達として紹介して欲しいと言ってもわかってくれないのが謎ではありますが、そこも人それぞれですね。

これが、年老いて認知になってなんの知識もない施設に収容されたら…と思うと

まぁ、自分が完全に何も分からない認知になれれば、良いのですか…