母の2歳下の妹(私の叔母)が老衰で亡くなりました。

たまたま隔週1泊の帰宅中だった母と画像電話で意識はないものの繋った数時間後でした赤ちゃん泣き

元々10人きょうだいの3番目だった母。

30年前・・・幼くして亡くなった数人を除き、無事大人になった母のきょうだい達は誰もまだ病気などせず、何なら亡祖母も亡父も全く元気で・・・。


そんな時期に大腸癌ステージ3、五年生存率60%を宣告(術後の抗癌剤で気付くような副作用もなく本人には今も未告知)

されていた母がきょうだい最後の1人に残されるとは・・・

ちなみに、亡父も亡くなる半年程前に前立腺癌を告知されたものの、癌ではなく心臓疾患で69歳で急逝しています。


こんな両親を見てきたイーガンは

人って、病気であろうがなかろうが、寿命の尽きる時までは逝けないもの。なんて思っていて、胃癌を告知されても然程驚かなかったのはそんなせいかもしれませんね。


叔母の葬儀に現状の母を連れ出せるか?悩んだけれど、仕事を代われる人も見つかり、ショートステイ側も滞在中のオムツまで持たせ送り出して下さったし、折り畳みの小型車椅子もある。

なんとかなるっしょ?

と、 久しぶりに母娘二人でレンタカーのヴィッツ君リムジン後ろリムジン前に乗り、カフェイン160mgのエナジードリンクをぐびぐび飲んでからの~片道四時間・・・

無事に亡叔母と対面出来ました。


斎場には泊まれない母の為に押さえた安ビジホも昭和感醸し過ぎの古さ故か、バカみたいに広いお風呂がついていて、しかもジェットバス!!

バブも置いて下さっていて、自宅のユニットバスには入れない母と一緒に入浴することも出来ました。


こんな風に母と出掛けられるのもあと何回あるのかなぁ?


自分自身も病ある身で還暦を過ぎ、

母を支えて筋肉痛が残る腕をさすりつつ・・・目下、終活?
洋服の断捨離と膨大量のアルバムから目ぼしい写真のみ抜粋し、残りを捨てる作業に取りかかり中ウインク


寿命はそれぞれいつ尽きるのかわからないけれど、縁あって出会えた人達と一緒に居られる限られた時間の一瞬一瞬が愛しいです。