名も無き世界のエンドロールを読みました。

ネットでは「どんでん返しがある」と評されていましたが個人的には「どんでん返し???」という感じ。


自分が求めていた「どんでん返し」とは、例えると、ジグソーパズルをしていて「これは猫の絵のパズルかな?」と思いながら組み立てていくと全然違う物が出来た…!って感じのやつ。


この作品は、例えると、組み立てていても何の絵になるのかパズルの3分の2が埋まっても全然分からない。
=途中で埋めるのが(読むのが)嫌になる。

もっと言うと「これはニャオワンザウルスのパズルです」とあらかじめ伝えられているけど
「ニャオワンザウルスって?ニャオワンってことは、猫と犬が混じった恐竜かな。猫の顔に犬の体…?」と、何となく想像は出来るけど未知の絵のパズルを埋めていく感じ。
それが完成して初めて「あぁ、これがニャオワンザウルスなのね。ここが猫でここが犬なのね。」というスッキリ感を得る。
(プロポーズ大作戦の意味が分かる)


何かがひっくり返るわけじゃないから、これは「どんでん返し」とは言わないと思う。
でも、これを読んで、ミステリーを読んだ後の「スッキリ感」って、色んな種類があるんだなと思った。


1、どんでん返しスッキリ
どんでん返しが起きる前提として、読み手は結末・真相が分かっている必要がある。(=多くはミスリード)
例:これは猫のパズルかな?たぶんこの部分は猫の耳だろう。

(多くの場合、誘導された)予想を裏切られるスッキリ。


2、謎が解けるスッキリ
当作のように、ピースを埋めていっても、どんな絵になるのか予想がつかない。
何となく想像は出来るけど、ところどころモヤがかかっていて、もどかしい…。
例:ニャオワンザウルスって?何となく想像出来るけど…この部分は耳?尻尾?これだけじゃまだよく分からない。

最後に、そのモヤが晴れるスッキリ。


などなど。

自分はせっかちな性格なので、モヤがかかったまま読み進めることが苦痛だった。
半分ほどで、もう読むのやめようかなと思った。

でも、最後まで読むと、何一つ無駄なピースは無かったと感じる。
特に、洗練されたセリフが複数の登場人物によって繰り返され、物語に厚みを持たせている。
伝えたいことを10つ散りばめるより、厳選した5つを異なる場面で繰り返す方が、ひとつひとつが読み手の心に残るんだなと思った。
すごくシンプルなのに、厚みのある物語だった。

時系列が飛び飛びで、それが途中でやめたくなる要因の一つでもあったが、最後に「スッキリ!」をもたらすため、更に洗練された台詞を印象づけるには、あの書き方がベストなんだろうなと思う。



ーーーーーーー以下ネタバレ有りーーーーーーー








ヨッチが死ぬんだなということと、おそらくリサが轢いたんだろうということは、途中で予想がつく。
その予想がついてからも、時系列がバラバラで真実に辿りつくまでに時間がいるので「ヨッチ死んだんだろ?そうだよね?え、違う?そうだよね?」というモヤモヤがある。

個人的には、ミスリードでいいので「ヨッチ死んだのか」と一旦納得して読める物語の方が好き。でもそれも、この本を読んで気が付いたことだから結果オーライか。


読後感は悪い。胸糞で夜眠れなかった。
単純に、ハッピーエンドじゃないと思ったからだけど、これがハッピーエンドなのかどうか、人によって感じ方が変わりそうなところが面白い。
自分は胸糞悪かったけど、プロポーズ大作戦を計画しているシーンでは、これがマコトにとって「何も生まない復讐」ではなく「ヨッチに指輪を渡しに逝く」という目的を持っているものであることが分かり、何物にも染まらない黒(=紛うことなきバッドエンド)に色を足して鮮やかな深みを持たせている。
まるで、見る人によって解釈の変わる映画のようだった。


最後、ステーションワゴンに轢かれたシロタについては疑問が残ったが、私は、
ワゴンに轢かれたのは全く関係のない人物で、それがたまたまシロタという名前だった。
白田かもしれないし、警官の記憶が曖昧なだけで、本当はシモタやシノダだったかもしれない。
本当に「俺」のIDの持ち主となった誰かが轢かれたわけではなく、ただ単に「シロタ=キダはこの世から消えた」ことを伝えるための暗喩であり、実際に轢かれたのが誰なのかは大した事実ではないんだな、と解釈した。
「俺」が澤田マコトの免許証を持っているという事実に奥行きを持たせるための演出の一つといった感じだろうか。




以上、書き殴りでまとまりのない感想になってしまったが、

「名も無き世界のエンドロール」
収穫はあったが、読後感など100%個人的な好みで、★★☆☆☆