事業を通じ己を磨き、世に貢献すること
これが人が働く目的である

 

ということができます

これは

 

人間性の追求と社会性の追求ともいえます


仕事をすればやなこともあります
では、何のためにそれをしているのか?
だれでも何度もそう思うでしょう 

 

いやなことが、社内の人間関係だったり
取引先との関係だったり
自分の能力のなさだったり
自分の甘えから来るものだったり・・・
さまざまです 

 

でも、仕事だから仕方なくする
ある意味、仕方なくするのだけれどそれでいい
自分の都合だけだったら仕事なんてやらないからです

 

仕方ないから自分の都合を横に置いて人のためにする
その仕事というものが自分自身の弱さ、ずるさを鍛えてくれる
自分を磨いてくれる磨き砂なのだといえます

  

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会社とは人が幸せになるための道具・手段です
しかし、仕事があるからこそ自分自身が磨かれ
仕事があるからこそ、人の役に立てる 

 

そして、仕事を一生懸命すると思うのです
さて、どこからが仕事でどこからが仕事でないのか?
仕事も生活も同じようではないか?
すべて仕事なのではないか?

 

寝ている時以外はすべて仕事・・・
いや、寝ている時も脳は考えている
潜在意識は活動しているとすれば・・・

 

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つまり、生きている間じゅうすべて仕事だと
これを、働楽学、つまり、働くと、楽しむと、学ぶが一緒と考える

生活が全て、働楽学になると達人の域かもしれません

 

仕事とは神の与えた罰である

だから、早くたくさん稼いで老後は余暇を楽しむ

これが欧米思想です

 

しかし、日本人はそう思わない

働きそのものの中に喜びを見い出しそこから学ぶ

古来、日本人はそうしてきたようです


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つまり、欧米の人にとっては、働くことはもともと苦痛に満ちた、

忌むべき行為なのです。

 

そこから「仕事はなるべく短い時間にすませ、

なるべく多くの報酬を得たほうがいい」とする、

近代の労働観が生まれてきたようにも思えます。

 

しかし、日本にはもともと、そのような労働観はありませんでした。

それどころか、働くことはたしかにつらいことも伴いますが、

それ以上に、喜びや誇り、生きがいを与えてくれる、

尊厳ある行為だと考えられてきたのです。

 

そのため、かつて日本人は、職業の別を問わず、

朝から晩まで惜しみなく働き続けました。

 

稲盛和夫


顧客に向き合うのでなく同じ方向を見る

一番大切なことは、人の気持ちを読み取ろう、感じ取ろう、それをどう叶えるか
仕事は忙しいですが、時間に追われている感覚や焦りはまったくありません。

なぜなら、自分と会社の目標が明確で、それに達成するための項目がスケジュールに組み込まれているので、そのとおりにこなしていけば、必ず目標達成に近づけるとわかっているからです。


海老根智仁

「楽観的に構想し、悲観的に計画し、
楽観的に実行する」
ことが物事を成就させ、
思いを現実に変えるのに必要なのです


稲盛和夫 




 楽観的ばかりでも、悲観的ばかりでも、
  物事はなかなかうまくいかないのかもしれません

 悲観的な人は、夢や目標をもちにくいのかもしれません
 楽観的な人は、計画が甘くなりやすいのかもしれません
 悲観的な人は、実行力を発揮しにくいのかもしれません