初めて投稿させていただきますので、宜しくお願い致します。

お相撲、また相撲道の中に「心・技・体」ということばがありますが、この中から心、精神と置き換えてもよいのですが、また技は、ここでは生活と言い換えて、双方について記述していきたいと思います。

 良かれ悪しかれ人間には自意識があり、それゆえ精神の自律性(オートノミー)を検索せざるをえないのが人間の宿命といってもいいかもせれません。歴史的かつ社会的な存在としての人間に純粋な意味での自律性は、したがって自治力(セルフガヴァメント)もありはしません。しかしそれにもかかわらず、自律・自治の根拠を究明したいと念じるのが人間の自意識というものです。

 自然の中の生活は、単なる健康面の維持または回復ということにとどまらず、自然との共生は、少なくとも都市と比べて、自律可能性が大きいと思います。それはまず、生活必需品の多くが、さらには奢侈品の少なくない割合までもが、そうしようと努力すれば地方のコミュニティあたりで自給できるという自身に根差しています。とくに、社会が全体として危機あるいは恐慌状態に入ったとき、その限界状態でも何ほどか自給自足できるであろうという見込みが、自然の中に住まう人々の意識をして自律的なものにするのではないかと思います。

 横軸としての技・体を縦軸である歴史(時間)という角度(アングル)からもみておかなくてはいけないということが常にありますので振り返りますと、都市に技術の成果としての文明をみてとり、地方から風土の産物としての自然を感じ取ろうとするのは間違いかもしれません。村落や田畑のみならず森林や湖沼までもが、多かれ少なかれ、人為的に加工されているからです。都市的人為と地方的人為の間の差は歴史的継承性が弱いか強いかという点にあります。自然は、その強い歴史的継承性のために急激な変化を好まず、その漸進性のおかげで、人間生活にかかわる様々な要素を総合するために必要な時間的余裕を持ちます。

 これに対して都市は分析性を旨としています。合理的にとらえることのできる人間生活の局所を分析して取り出し、それを急進的に普及させようとします。この都市の持つ分析性と急進性が私しを含め都市住民の精神のうちに歴史的断絶感をもたらし、それが現代人における様々な精神的疾患の原因の一つであるかもしれません。

 中でも都市生活者は一般に利己主義者であっても個人主義者ではありません。個人の自立を可能にする社会的かつ歴史的な条件が都市には多くの場合欠けているからです。

自然の中での生活者は、因襲に染まった集団主義者にみえようとも、自立せる個人になる可能性を多く秘めています。自己の生活の根拠について確かな手触りを持つことが出来ますし、共同体という社交体(ソキエタス)を通じて、自意識の根拠が社会の中に広く、また歴史のなかに深くつながっていることを自覚できます。

 ただし、自然の中での勤労は一般に生産性が低く、そのためその産物は市場性を有しません(マーケッタブルではありません)。逆にいいますと、自然の産物は主として人々の自給自足の生活に供されることになります。むしろそれは一部の人々の望む自律の姿勢に沿うものであるといえます。都市の勤労はその産物がマーケッタブルであることを前提にしています。そのことも関係して、真に自覚し感じとる人々はむしろ苦痛を覚えるのが普通であるかもしりれません。なぜならば都市での勤労は、先ほども述べました過剰に分析かつ専門的であり、したがって勤労を通じて人生の成熟に近づいて行くことが出来るのかどうかということです。

 しかも今日、世界で食糧危機に見舞われる可能性が徐々に高まっています。健全な精神を持ち永らえている人々にとって、人が飢えるのを予想しなければならないというのは、死の恐怖をも上回る不安のはずであります。しかし、このもはや逃れえない高度技術化および高度情報化の趨勢にあって自然に立ち返ることの何と難しいことでしょうか。良かれ悪しかれ、若年者とは技術や情報で心身を装いたくなる者達のことなのでしょうか。

 しかしその後の老いという現実を前に、昨今の定年後の田舎暮らしは、どうかわかりませんが、ヒンドゥ教徒にかぎらず大方の人間は、人生の最末期、林のなかに住まいたい、あるいは自然のなかで過ごしたい、と強かれ弱かれ願望するようです。それは、単に、動物としての人間の自然回帰の性向を表しているだけではないと思います。都市における変化それ自体に意味を見出すものとしての流行の場から身を退かせて、何らか不易の精神的基準、尺度を求めようとすると、それに適した場所は自然であるように思われるということかもしれません。

 もちろん自然ならばどこでもよいということではありませんが、また自然といいましても、そこには村や町といわれる小さな都市が待ち構えています。実際の姿は庭園都市(ガーデンシティ)あるいは田舎町(カントリータウン)が多いと思います。いずれにせよ、自然と密着した場所で歴史の連続性を、さらには接続性を感受し、そこから義・真・善・美にかんする不易の基準を、尺度を認識したいと思う、それが精神的存在としての人間のやみがたい傾向かもしれません。また取得したいものです。

 自己を疑うことを知らぬ人々によって明示的に語られる都市における精神の未熟ではなく、人々があまりにも鈍感であるが故に、かすかにせよ指し示される精神の成熟のために自然のなかへ向かいたいものです。

 ここで我々の世代と関連づけますと、日本の岐路であったかもしれない1970年代問題でしょうか。70年前後に、戦後の敗戦提起された課題が一応の決着がついた、吉田ドクトリンでの経済優先、安保放棄という大方針のもとで、自由主義世界の一員として、米国の保護のもとで経済立国をはたすという課題が、70年前後に相次いで出来した事態、例えば貿易黒字転換、ドルショック、変動相場制への移行などによって果たされた、その前提の上で、この時点で、経済中心主義から脱して、より広範囲な、国家的、文明論的意識から国策の転換、国家像の再定義を行うべきエポック、そういう流れの中で、今日の国家機能の喪失と政官財民各界の退廃と矮小化、国民の国家意識の喪失を産んだとする見方です。

 また70年代問題の中核といえば、忘れることができないのは、田中角栄という政治家であるということは、いうまでもありません。

 彼の提起した「日本列島改造論」というものは、それなりにみれば、面白い問題提起を含んだものであったかもしれませんが、それが結果的になしたことは、一応の水準に達した国家経済の果実を国土全体に投資してばらまき、需要を喚起するという循環を形成することであって、その大きな金銭の流れのなかで、政治、行政、経営の三者は、経済的なものに限定された視点を脱却して、より大きな国家目標を立てるどころか、むしろ彼らをその経済的循環の差配者として限定することで、矮小化を加速度的にすすめてしまいました。

 この矮小化は、現在も続いていますし、郷土的なものへの関係、配慮の面でも、決定的な強さにおいて進行しました。田中角栄的なエートスが、いかに熱きものであったにせよ、その地方投資の推進は、郷土への関係を資金投下による土木建築に限定してしまいました。当初は、いやその経緯においてすら、意識としては地方再興の手段であったはずの土木誘致が、地方選挙にみられるように、次第に自己目的化し、郷土のそれ自体の存在は忘れ去られてしまいました。

 さらに日本の農業政策と食糧政策を翻って考えてみますと、戦後日本の農業食料政策は、日本の農と食を先細りさせる方向を目指してきたようです。過去にもNHKのクローズアップ現代という番組で放映されていましたが、日本の食料自給率の推移は、食用農産物総合自給率、供給熱量自給率、穀物自給率のいずれで測っても、日本の食料自給率がここ30年間ほどの間に急激に、かつ一貫して低下してきたのは、驚くほどでした。1960年から1994年の間に、たとえば食用農産物総合自給率は82%から62%へ、穀物自給率は82%から30%へと大幅に低下しています。これは、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、などのヨーロッパ諸国がこの間徐々に、あるいは急激に自給率を高めて、現在では少なくとも、7080%、国によってはほぼ100%を越える自給率を達成しているのとはきわめて対照的です。どの指標で測っても、日本はこの30年間にほぼ一年に1%の割合で自給率を下げてきて、このまま放っておくと30年も経てば日本の食料自給率は0%となり、それに伴って日本農業の完全な壊滅が予測されるほどであります。

 この異常ともいうべき食料自給率低下の背後には、ご存じのように米食からパン食への、和食から洋食への食生活の変化、洋食の普及に伴う畜産品・牛乳・乳製品需要の拡大とそれに伴う膨大な量の穀物飼料の輸入、1985年のG5におけるプラザ合意以降の牛肉、オレンジ、米などの輸入開始などの周知の一連の過程がありますが、そのさらに背後には、アメリカ農民やアメリカ穀物メジャーの後押しを受けた米国政府の強い圧力と、その圧力に抗し切れない日本政府の無力さがあったことも忘れてはならないでしょう。

 実際、戦後日本は、アメリカの余剰農産物の最大のはけ口となって、それが、学校給食における脱脂粉乳の形をとるにせよ、頭を良くするブレッドゥン・バター(バターつきパン)という栄養学の説教の形をとるにせよ、戦後の日本人の食生活は、私達はそのただ中にいますが、アメリカ的なものの圧倒的な支配下にあったといってよいでしょう。その結果もたらされた私達の食生活は、アメリカ的食生活というよりは、お茶漬けとともにアメリカン・ピザを喰い、中華料理とともにイタ飯を喰うという、無国籍的食生活とでもいうのでしょうか、多種多様といいますか。しかしそうした食生活の代償は大きかったかもしれません。体格が向上した代わりに肥満児が増え、欧米型の成人病が増えるといった健康上の代償だけが問題ではありません。伝統的食生活とともにあった家庭生活、その家庭生活を支えていた都市と農村の共同体や文化などの多くが、食の無国籍化と同時に事実上破壊されていったというのは言い過ぎでしょうか。過疎化や後継者難などの日本農村の問題は、そうした破壊作用の一つの帰結にすぎないかもしれません。

 しかし、これらの問題は、食生活におけるアメリカ的なものの支配、より具体的には穀物メジャーなどと一体となった米国政府の圧力と日本政府の対応、決断、国民の選択などにあったのでしょうか。その背後には、いうまでもなく、津波のような工業製品の輸出に対するアポロジー、さらには、安全保障をはじめとする国際政治上への対米依存という戦後日本の体質あるいは本質にかかわる大きな問題が横たわっていると思いますが、いずれにしても、アメリカの圧力に抗して断固として自国農業を保護し、食料自給率を向上させていったヨーロッパ諸国との違いは歴然としているようです。

 そこで我々の生活世界で、実際にどのように関わり、実践していくかが大きく問われてきます。世界的な、いや先進工業諸国の、あるいは工業化を目指す予備諸国、また発展途上国ですら肉食の害は急速な広がりをみせているようです。特に先進国においては目を見張るものがありますが、実際に数年前にありました狂牛病、汚染された養豚および養鶏場でストレスや化学肥料付けの家畜類、海洋汚染魚や薬付けの養殖魚、また最近報道されましたベルギーでのダイオキシン汚染の肉類や乳製品等々、そして野菜や果物、穀類、遺伝子組み換え食品、人工的に生成され従来自然界には存在しない化学物質による生物界の異変にみられる環境ホルモンの問題などと枚挙にいとまがありません。

 本当に多面的に我々の食料と食生活は脅かされているようです。微力な対抗策をこうじるしか今のところ手がないのですが、菜食に関しましては、生類哀れみにみられる倫理問題、草食動物論、それに関係する人の歯形、腸の長さ、性格や人格、その他多くの医学的、生理学的、科学的、また歴史的な根拠があるようです。現在、私しも探求中です。とにかく食料と食生活という、厄介な生の絶対条件であるものについて、私達が危機感を持ち、準備を怠らないという、これくらいわかりやすい生の模型(パラダイム)はないと思います。