お久しぶりです。最後の更新から3年近くも時間がたってしまいましたが、元気にしています。
(安かった大量のいちご)
わりと頻繁に更新していたブログを急にやめたのは、簡単に言ってしまえば、当時はたくさんの心無いメッセージにうんざりしたからです。(当時は、です。現在はもう自分自身にとってそれほど必要がないから書いていないだけなのですが)
いつからかブログを書こうと思っても「どうせまた嫌なことを言われるだけだ」と思うようになっていたんですよね。
応援してくれている人もいるはずなのに、やっぱり直接とどく心無い言葉の威力はすさまじくて、気づけば「ブログなんか全然書きたくない」と感じるようになっていました。
でもそれは、私のせいでもあると思っています。
私はブログ上ではとにかく自分の気持ちを最優先に、かなり意識して、他人の気持ちを慮らないように努力してきました。
折に触れて断りを入れてはいたものの、そんなことをしていれば反感を買うこともあるし、嫌な気持ちになる人もいるだろうし、腹を立てられることも当然ありますよね。
だから元はと言えば私のせいなのです。
だけど今になって考えてみても、私にはやっぱりこういう事が、こういう時期が、どうしても必要だったとも思うのです。
幼少期から虐げられてきて、それを理不尽ではなく当然と感じるようになって、自分で自分を虐げるようにまでなってしまった。
私がそこから自分を取り戻すためには、とにかく自分のために荒ぶって荒ぶって、荒ぶる必要があったのです。
文章にしてブログにアップすることで思考が強化されるような感覚があったし、何より読んでくれる人がいるという事実はとてつもない励みになりました。
おかげでここまで回復することができました。本当にありがとうございました。
それから、ご不快な思いをさせてしまい、本当にすみませんでした。
ブログを更新していなかった約3年間ですが、色々なことがありました。
まず、カウンセリングは終了しました。(勇気を出して通ってみて、本当に良かったです)
それと何やかんやで、私は複雑性PTSDだったことがわかりました。
私はカサンドラの文献に関しては「うんうん私も当てはまるな」と思いながら読んでいたのですが、複雑性PTSDの本を読んだら「まさに私のことが!そのまま書いてある!」と感じました。
カサンドラさんには複雑性PTSDの方も一定数いると思うので、気になる方はぜひ読んでみてください。
オススメ→(『複雑性PTSD〜生き残ることから生き抜くことへ』著ピート•ウォーカー)
あとは、ずっと気になっていたけれど踏み出せなかった格闘技を習い始めました。(すごく楽しい!)
自分の洋服の好みがわかってきて、コンサバからめちゃくちゃアウトドアな感じになりました。髪にもハイライトをたくさん入れて、自分の感覚を楽しんでいます。
ブログに何度も書いていた「プチ家出」は、もうしなくなりました。
以前カウンセリングで「夫と一緒にいる限り元気になれない気がする」と話したら、先生から「それは違うよ」と言われていたんですよね。
当時は「先生の言いたいことはわかるけど、現実的にはかなり難しくない?」と感じていました。
でも気がつけば、夫がいても元気でいられるようになってきました。夫の愚痴をブログに書かなくても、平気になっていました。
(もちろん腹を立てたり、うんざりしたり、辟易としたり、悪態をつきたくなったり、舌打ちしたくなったり、傷付くとわかっているようなことを言ってやりたくなったり、習っている格闘技でボコボコにしてやりたくなったりはします。でも私は元気です。)
注:わかっていると思いますが後半は思うだけですからね!
それから、これは私としてはかなり大きなことなのですけれど、人生を通してやってみたいことができました。
昔からうっすらと興味はあったけれど、自分にはできるはずがないと思って無意識に諦めていたことです。
それを「やりたい」と意識するようになり、「よし、やってみよう」と思うようになりました。
はたして私にできるのかはわからないけれど、初めて「自分の人生を自分のために、これに使いたい」というものができて、安心感をともなう嬉しい気持ちが芽生えています。
これは自分の気持ちに嘘がないからこその、あたたかい安心感なんだろうと思います。
初めての安心感です。
ということで、もしまた何か雑談とかでも話したいことができたら戻ってくるとは思いますが(すぐ戻ってきたりしてね)、中途半端になっていたこのブログの更新は、ここで一旦締めくくりにしようと思います。
ブログ上ではたくさん荒ぶって、たくさんブチ切れていた私ですが、見守ってくれていた皆さんにはとても感謝しています。ありがとうございました。
このブログを読んでくれている方の中には、私と似たような経験をされて苦しんでいる方がたくさんいると思います。
そんな皆さんが(私も含め)、それぞれの人生を悩み苦しみながらも、最期まで生き抜いていけるように願っています。
