Iam 43!不器用人生に乾杯☆ -5ページ目

Iam 43!不器用人生に乾杯☆

今年43になりました。
子供の頃から筋金入りの不器用。
「何が得意なん?」と聞かれてしまいそうな
ぐらい、苦手が多い私です(笑)

自慢は「人に意地悪は絶対できない!」
ことぐらいかな?
意地悪はだいぶされてきたんだけど(笑)

気まぐれに更新していきます❤️

ふう、実に1年以上振りの更新ガーン

うちには発達障害(自閉スペクトラム軽度)の
小2息子と、定型発達の中2娘がいますが
小2の方がこの数ヶ月、本当に大変でして。
(中2も思春期で色々あって、フォローが本当に大変は大変ですが真顔

小学校は特別支援学級に所属してます。

小1の終わりに交流級で
「何で学校来るんか、来るな」と言われ
叩かれたり蹴られたり。
相手も同じく発達障害の子供。

支援学級は障害の違いから
クラスも違うので安堵していますが
そのトラブルがきっかけで交流級の教室に
行けなくなってしまい、今は一日中
支援学級の教室で生活しています。

彼は私と違い、場面緘黙ではなく
周囲の大人に楽しそうに話しかけているようです。
(子供同士の交流はあまり上手くないですが
支援級や放課後デイの仲間には心を許している様子ですウインク

そこは本当に良かったと
胸を撫で下ろしておりますが…。

場面緘黙は本当に誰とも話せない。
私は大人子供関係なく声をかけるなんて
出来なかったえーん
話せない場所や相手はその方により
様々ですが、私の苦手場所は圧倒的に
学校でした。

苦手な相手は同級生。
優しく接してくれる数少ない子に
小さな声でやっと言葉を返せる程度の
そんな小学校時代でした泣

下級生に対しては不思議と!
平気だったんです。
学校って学年によって雰囲気とか
メンバーの性格とかカラーが違っていたり
しますが、私は特に一級下の子達と
気が合って。
話していても楽しいんですニコニコ
私は1979年の3月末の生まれだったから
あと数日生まれるのが遅ければ
彼女たちと同級生でいられたのに…。と
悔しかったなー。

教室では話せない私が、
一級下のお友達たちとはワイワイ出来るデレデレ
帰り道もすごく楽しかった。

嫌だったのが、
帰り道で同級生に遭遇すると

あいつ、同級に友達おらんけん
いつも下の奴と帰りよんのでニヤニヤ

あいつ、学校で喋らんけど
家じゃ明るいらしいよ。

と、聞こえよがしに言われること。

下級生の子達が自分の学年より
早く帰る日があったりすると
その日は一人で長い帰り道を歩かなければ
いけなかったこと。

器用に誰とでも話せれば…
話すことが怖くなければ…
何度思っただろう泣

こんな子が
今の時代もどこかに必ず居るのだと思うと
胸が痛みます。

今は時代も流れ、
場面緘黙も少しずつ世間に認知され始め、
ただの話せない子、おとなしい子という
認識では無くなってきていると実感します。

ですが、まだまだ真顔
色んな人に知ってもらいたい!
場面緘黙の事を知っている方のほうが
圧倒的に少ない現状です。

我が子の自閉スペクトラムや、
その他、ADHD、学習障害などと同じぐらい
皆にも理解してもらいたいと思っています。

場面緘黙は社会不安障害?といって
発達障害の括りでは無いようですが
緘黙である本人の苦しさ生きづらさは
筆舌に尽くしがたいものがあります。

周りのサポートや支援も必要だと
元当事者として痛感します。
(住んでいる場所で受けられる支援が違い、
支援の手からこぼれ落ちている子も
たくさん居るのだと思います。)


自分の子が生まれて、
園という社会に最初に飛び込む際には
緘黙の有無を一番先にチェックしました。
お勉強が出来るようになるかどうかよりも
私の中では重要な事でした。

何より、
私と同じ苦しみを味わって欲しくなかった。
我が子だけでなく、どの子にも。