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Iam 43!不器用人生に乾杯☆

今年43になりました。
子供の頃から筋金入りの不器用。
「何が得意なん?」と聞かれてしまいそうな
ぐらい、苦手が多い私です(笑)

自慢は「人に意地悪は絶対できない!」
ことぐらいかな?
意地悪はだいぶされてきたんだけど(笑)

気まぐれに更新していきます❤️

書き方教室に通い始めることになった私ニコニコ

不器用でしたが

補助輪なしのチャリンコには意外と

早く乗れるようになり、

チャリで通っておりましたニヤリ


1人で教室に通ってましたが

毎回私を追い詰めたのは入室時の挨拶。

不器用以前に、緘黙の自分には

他の子供の100倍は勇気が必要な行為ゲロー


よく子供が言う、

「挨拶なんか恥ずかしくて

出来ないわ」

のレベルじゃ無いから。

ただただ「怖い」。



「○○先生、こんにちは…」と

蚊の鳴くような小さな声でやっとこさ挨拶し

中に入ろうとすると


「声が小さい!やり直し!」

と、毎回お叱りを受けてました~笑い泣き



何回か通い、

字を書くことは嫌いではないと

感じはじめていましたが

入室時の挨拶は常に苦痛で、

これが原因で教室に行き渋ることも

多々…チーン


あと、作品を書き上げて

先生に見てもらうときに、挙手して

先生を呼ばなきゃいけない。

あの時間も相当苦痛でした。


挨拶が出来るように躾をしてくれるのは

本当に有り難いことでしたが、

その子供がどんな事情をもち、

どんな特性ゆえ

それを苦手とするののか

今のように考えて下さる先生や環境は

あの時代、ほとんど無かったです。


私も本当は

大きな声で元気に毎回挨拶したいと思ってた。

家にいるときみたいに明るく元気に

振る舞いたかった。

でも、体も喉の奥も外に出ると締め付けられて

いつもの半分の力も出せなかった。

理由なんてもちろん解らない。



昭和60年代、私が小学生だったときに

世の中ってこうなのかと肌で感じていたこと、それは

「みんな同じことが出来て当たり前。

出来ない奴は置いていく。

だから必死で着いてこい。」


小学生以降はこんな世に放り出されるんだと

7歳にして早くも絶望的な気分を味わってましたチーン

親も当時、似たようなこと言ってましたし。


私には3つ上の自閉症の従姉がおり、

特にコミュニケーション面で課題を

抱えてました。(一方通行で話を一切相手に合わせない)


我が小2息子も軽度のASD、

運動神経鈍い、漢字覚えるの苦手

お友達作り苦手で向こうから来てくれた子が

お友達、というパターンばかり。


特別支援学級でお世話になっていて良かったと

毎日つくづく感じています。


だから

みんなが皆

あらゆる事を同じように出来るわけがない。と

個人的には思いますえーん


みんな得手不得手ありますから。


コミュニケーション面での不得手で

習い事でも苦しい思いをしたのですが、

習っている「字」の面では

少しずつ芽を出し始めていました。