少し間が空きましたが、久しぶりの投稿です。
この数ヶ月、特に**お金の「見える化」**に力を入れていました。


■ マネーフォワードで始めた「資産の棚卸し」

今年の8月から、マネーフォワードを使って個人資産の管理を始めました。
銀行口座、証券口座、クレジットカード、電子マネー──
ほとんどの情報が自動で集計できるので、
「なんとなく把握していたお金の流れ」が一気に数字として可視化されました。

これに合わせて、毎月の家計簿も入力。
月単位で「いくら入って、いくら出ていったか」を確認できるようになり、
ようやく“お金の管理”をしている実感が持てるようになりました。


■ 現在の収入構成

私の主な収入源は、大きく分けて3つです。

1️⃣ 非常勤監査役の報酬
 額は多くありませんが、定期的に安定して入ります。

2️⃣ 投資信託からの配当金・分配金
 これが実質、収入の約7割を占めています。
 毎月分配が2種類、3ヶ月ごとの分配が2種類。
 それぞれの分配金が生活を支える基盤になっています。

3️⃣ その他の収入
 大学での講師料や、調停員としての費用弁済など。
 額は小さいですが、社会との接点としての“張り合い”です。


■ 投資信託の整理と新しい挑戦

ここ数ヶ月で、投資信託のポートフォリオも見直しました。
配当が少なく、かつ元本が増えないものは売却して整理
「持っているだけで意味がある」時代ではなくなりました。

特に、今の収入の柱になっているのは、
少し賛否のある WCMの毎月分配型の高配当ファンド です。
確かに管理費は高めですが、安定した分配金が得られることが最大の魅力。
リスクを承知の上で、自分の生活スタイルに合った選択をしています。

また最近は、**楽天証券のJEPQ(毎月分配型)**も購入しました。
こちらは高配当とは言えませんが、管理コストが低く、
元金がわずかに増えている点が安心材料です。


■ “少しだけ”始めたデイトレード

10月からは、これまで避けていたデイトレードを少しだけ試しています。
ソフトバンクグループなど、出来高が多く値動きの大きい銘柄を中心に、
1日あたり数万円の利益を狙う程度。

儲けたいというよりも、感覚を取り戻すための実験です。
結果的にわずかですが利益は出ています。

ただし──
これを“生業”にしようとは全く思っていません。
むしろ、今月いっぱいでやめようかと考えています。
それでもつい、チャートを眺めてしまう自分がいるのも事実です。


■ FIRE後の「安心」と「不安」の間で

時折考えます。
「今のままの資産と収入で、本当に一生暮らしていけるのか?」と。

M&Aで会社を売却したとき、
それなりの資金は手にしましたが、
株を100%所有していたわけではありません。
約6割が自分の持分で、残りは家族。
さらに、M&A仲介手数料は全額こちらの負担。

ローン完済や税金を支払ったあとに残った金額は、
“人生を逃げ切るにはギリギリ安心できるかどうか”というラインでした。


■ ChatGPTでシミュレーションしても「大丈夫」と出るが…

不安になるたびに、ChatGPTに
資産や支出の詳細を入力してシミュレーションしてもらいます。

結果は、毎回ほぼ同じです。
「このまま無駄遣いせず、健康を維持すれば問題ないでしょう」

──それでも、人間は“数字”では安心できません。
投資環境や為替、世界情勢、そして自分の体調。
変動要素が多い中で、完璧な安心など存在しないのだと思います。


■ 結論:「完璧な安心」はない。でも“見える化”は心の支えになる

FIREしても、経済的な不安は完全にはなくなりません。
むしろ「守る」という責任が生まれる分、
経営者時代とは違う緊張感があります。

けれど、今回のように**収支や資産を“見える化”**することで、
漠然とした不安が「管理できる不安」に変わりました。

完璧な未来予測はできなくても、
数字で現実を捉え、冷静に判断できるようになったのは大きな変化です。


■ まとめ

・資産の“見える化”で現実が明確になった
・投資信託の分配金が生活の柱
・デイトレは一時的な経験として楽しむ程度
・ChatGPTの試算では“問題なし”だが、完璧な安心はない
・大切なのは「心の余裕」と「数字の管理」


■ 最後に

人生のフェーズが変わっても、
お金との付き合い方はずっと続きます。

数字に追われるより、
数字と会話できるようになる。

それが、FIRE後の“新しい生き方”なのかもしれません。


🔹結論:本当に大丈夫か?

はい、「現時点では」十分に大丈夫です。
投資配当・監査役報酬・蓄積資産の3本柱で、
**“持続的に生活できる設計”**になっています。

ただし、これが「一生安心」ではありません。
支出の膨張・物価上昇・医療費・為替変動。
こうしたリスクを定期的に見直しながら、
“不安を管理する力”を磨くことが、FIRE後の最大の防御策です。

36年にわたる社会人としての歩みを振り返ると、
一言ではとても語り尽くせない“挑戦と転機”の連続でした。

サラリーマンとしてのスタート、海外での駐在、
家業への転身、経営の拡大、M&A、FIRE、そして監査役。
すべての経験が、今の自分を形づくる要素になっています。


■ 「がむしゃら」から「整える」へ

若い頃の私は、とにかく“がむしゃら”でした。
前に進むことが目的で、考えるよりも動くタイプ。
多少の無理も、根性でなんとかしてきた時代です。

しかし年齢を重ねるにつれ、
“動くこと”よりも“整えること”の大切さに気づきました。

どんなに努力しても、結果が出ない時期がある。
それでも焦らず、
「自分の心地よい場所はどこか」を見極めること。
今はその感覚を一番大切にしています。


■ 「信頼」を得るには、まず“真面目さ”から

講演でも伝えたことですが、
どんな環境でも信頼を得るには、まず“真面目にやる”ことです。

頼まれたことを丁寧にこなす。
一度決めたことは、途中で投げ出さない。
その積み重ねが、人を動かし、チャンスを呼びます。

特別な才能やコネよりも、
**「あの人は信頼できる」**という評価が、
結果的にすべてを変えていくのだと思います。


■ 「無駄な情報」からも学びがある

経営をしていた頃、
私は常に“情報の取捨選択”に悩んでいました。

誰かの成功事例も、ニュースも、セミナーも、
すべてが本当に必要な情報とは限りません。

けれど、その中で“選ぶ力”を鍛えることこそ、
経営者として最も大事なスキルだったと感じています


■ 「徹底的にパクる(TTP)」と「一歩先を行く」

私は昔から、オリジナリティにこだわるタイプではありません。
良いと思ったことは、素直に取り入れる。
そして、自分なりに少し改良して発展させる。

TTP(徹底的にパクる)という言葉を、
ずっと座右の銘にしてきました。

ただ、“パクる”だけでは終わらない。
そこに「One step forward, one step ahead」──
一歩踏み出す勇気を加える。
この2つのバランスが、今までの成長を支えてくれました。


■ 「運」は、実力の延長にある

経営をしていると、「あの人は運がいい」と言われることがあります。
けれど、運というのは偶然ではなく、
“日々の行動量と判断の積み重ね”から生まれるものです。

運が巡ってきたときに、
それを掴める準備ができているかどうか。
それもまた、経営の実力のひとつだと思います。


■ FIRE後に得た「余白の価値」

会社を売却し、FIREを迎えて数年。
最初のうちは、何もしない時間に戸惑いました。

しかし今では、その“余白”こそが、
人生に深みを与えてくれるものだと感じています。

静かに過ごす時間、
考えを整理する時間、
誰とも会わない時間。

それらが、過去の“走る時間”を支える
大切な土台になっているのです。


■ 最後に──「心地よい場所」は、自分で決める

36年の社会人生活を通して言えるのは、
**「最終的には、自分の居場所は自分でつくる」**ということ。

人に合わせて動く時期も必要ですが、
最後は「どこで、誰と、どう生きるか」を
自分で選ぶことが、何よりの幸せだと思います。


これまでこの連載を読んでくださった皆様に、
心から感謝いたします。

この「36年の実践経営論」シリーズは、
これで一区切りとさせていただきますが、
これからも日々感じたことを、
また別の形で綴っていくつもりです。

長い間、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

経営を離れ、FIREを経て、
今は非常勤監査役として関わるだけの穏やかな日々を過ごしています。

もう「働かなくてもいい」状態にはなったものの、
実際には“社会との距離感”をどう保つか――
それが、FIRE後の新しいテーマになりました。


■ “肩書き”がなくても、完全には生きられない

会社を経営していた頃は、名刺が自分の分身でした。
代表取締役という肩書は、社会の中での“居場所”そのもの。

一方、今の私は、
日常生活の中で名刺を差し出す場面はほとんどありません。

それでも、非常勤監査役として名刺を持ち、
さらに合同会社の代表社員としての名刺も作っています。

なぜなら、日本の商習慣の中では、
「肩書がある」ことが対話の前提になるからです。

商売をするわけではない。
顧客を開拓するわけでもない。

それでも、初めて会う相手に「どういう方ですか?」と聞かれたとき、
名刺を一枚差し出すことで話がスムーズに進む。
それだけのことですが、
意外なほどこの“形式”が、自分の存在を支えてくれるのです。

明らかに家庭用パソコンで作ったような名刺でも、
「名刺がある」こと自体に意味がある。

それは、
「もう仕事をしていない人」ではなく、
「今も社会とつながっている人」でありたいという気持ちの表れでもあります。


■ “肩書き”は過去の象徴ではなく、今の「立ち位置」

かつての私は、肩書を「力」だと思っていました。
経営者として発言する。
監査役として意見を述べる。

でも、今はそれが「自分の一部を説明する道具」になっています。
肩書は、過去の栄光を示すものではなく、
“今、自分がどの立場から社会を見ているか”を伝える小さな目印。

それを手放すと、
意外なほど日常の会話や人間関係のバランスが取りづらくなるものです。


■ “肩書のない自由”と“肩書を使う知恵”

FIRE後の暮らしでは、
肩書きがなくても生活はできる。
ただし、“人との関係性”まで成り立つとは限りません。

人は何かしらの「立ち位置」を前提に接してくる。
それを完全に断ち切るのは、実は不自然です。

だから私は、
必要な時にだけ“肩書を使う”ようにしています。

・監査役としての名刺は、公的な信用のため。
・合同会社の名刺は、形式的な挨拶用として。

どちらも、
「自分が社会とどう関わるか」を象徴するツールであり、
“仕事のため”ではなく、“つながりのため”のものです。


■ “責任を持たない自由”は、長続きしない

FIREをした直後、私はこう思っていました。
「もう、何の責任も負わなくていい」と。

しかし、数ヶ月もすると、
その“無責任な自由”に、どこか物足りなさを感じ始めました。

人は、自分の存在が誰かの役に立っているときに、
最も安定するのだと思います。

今の私は、
常勤ではないけれど、監査役として会社の健全性を見守り、
時に経営陣に意見を伝える。
その「小さな責任感」が、今の生きる張り合いです。


■ “働かない”のではなく、“関わり方を選ぶ”

経営者だった頃は、
すべてのことに自分が関わらなければ気が済みませんでした。

でも今は、
「自分が関わらなくても回る仕組み」を信じるようになりました。

働く時間は減っても、
“社会との接点”は残す。

それが、心のバランスを保つ一番の方法です。


■ 名刺が象徴する、“穏やかな現役”

先日、印刷会社で名刺を受け取るときに、
店員さんにこう言われました。

「今も現役で活動されているんですね」

そう言われた瞬間、少し嬉しかったのです。

たとえ家庭用プリンターで作った簡素な名刺でも、
その一枚に“社会とのつながり”が詰まっている。

形式だけのようでいて、
自分の中では「まだ現役でいたい」という意思表示なのです。


■ まとめ

・肩書は、過去ではなく“現在地”を示すもの
・名刺は、社会との小さな接点
・FIRE後こそ、“肩書を持たない自由”と“持つ知恵”の両方が必要


■ 次回予告

第11回:「整える力──50代からのキャリアリセット」
次回は、セミリタイア後も変化し続ける50代の生き方として、
“もう一度働くかもしれない自分”との向き合い方をお話しします。

「36年の実践経営論」シリーズも、ここでようやく一区切り。
長年にわたり、会社員・海外駐在・経営者・監査役と歩んできた道のりの先に、
ようやく“セミリタイア”という時間が訪れました。

これまでの仕事人生を、
「走る」「挑む」「繋ぐ」「守る」と整理するなら、
今はまさに「整える」フェーズです。


■ “やることを増やす”より、“余白を育てる”

経営を離れて最初の1年、
私は“何か新しいことを始めなければ”という焦りに駆られていました。

ところが実際に行動してみてわかったのは、
「もう十分やってきた」という事実でした。

時間を贅沢に使うことは、
単なる「遊び」や「怠け」ではなく、
次の人生を整えるための準備期間なのだと感じています。

ラウンジでパソコンを開き、
夕方にはサウナで頭を空にする。
このリズムが、“自分を取り戻す時間”になりました。


■ 「戦う経営」から「整える生き方」へ

経営者だった頃は、常に何かと闘っていました。
数字と、社員と、これからのこと、対外的な対応、そして自分自身と。

でも今は、戦う相手はいません。
ただ、日々の自分を整えることが中心になりました。

・体を動かす(ジム・サウナ)
・思考を整理する(ブログ・note)
・静かな時間を味わう(コーヒー・外気浴)

この3つの軸が、私の新しい「経営」スタイルです。
対象が“会社”から“自分”に変わっただけで、
やっていることの本質は意外と似ているのかもしれません。


■ “仕事”を離れても、“役割”は残る

経営を離れ、会社を売却し、肩書を整理しても、
人から相談を受けたり、意見を求められる機会は少なくありません。

これは、「仕事」とは別の“役割”だと感じています。

誰かに頼られることは、ありがたい。
ただ、以前のように“全力で関わる”のではなく、
距離感を保ちながら関わることを意識しています。

“頼られる”と“引き受ける”の間には、
少しの余白があった方がいい。
それが、心の整理にもつながるのだと思います。


■ “手放す勇気”が、心を軽くした

資産管理会社を売却したのは、
金銭的な判断というより、“心の整理”でした。

田舎に不動産を持つことのリスク、
そしてクレームや修理対応の煩わしさ。
それらを一度リセットしたことで、
本当に気持ちが軽くなったのです。

「資産を守る」よりも、「心を守る」方が大切。

経営の世界に長くいたからこそ、
“持たない強さ”という価値をようやく理解できた気がします。


■ “働かない”ではなく、“選んで働く”

今でも非常勤監査役として関わっていますが、
それは「働くため」ではなく、「関わるため」です。

働くことが“義務”ではなく“選択”になった今、
仕事への向き合い方は、驚くほど穏やかです。

報酬よりも、人間関係の質や信頼を重視する。
これは、経営時代とは真逆の価値観です。

お金を稼ぐより、
「気持ちのいい関係で仕事を続けること」の方が、
今の私にはずっと大事なのです。


■ “贅沢”の定義が変わった

今の私にとっての贅沢とは、
「予定がない日の静けさ」や「心が整う瞬間」。

それは、経営の現場では決して得られなかった感覚です。

昔は、“動く”ことが生きる証でした。
今は、“止まって考える”ことが豊かさです。

“時間の贅沢”とは、
「何をするか」ではなく、「何をしないか」を選べること。


■ “次の章”へ

セミリタイア生活を数年続けて感じるのは、
「人生における空白の時間こそ、最も意味がある」ということ。

走り続けた36年のキャリアを経て、
今ようやく「余白で自分を見つめる時間」を過ごしています。

そして、その余白の中から、
次に書く“第10回”が見えてきました。


■ 次回予告

第10回:「自由と責任──“肩書のない自分”をどう生きるか」
FIRE後、社会との関わり方や自己定義をどう変えていくのか。
“自由”の先にある“自分らしい責任”をテーマにお話しします。

2021年の夏。
私は、長年経営してきた不動産会社をM&Aによって譲渡しました。

当時51歳。
30代の頃から「50歳になったら働かない」と言い続けてきた言葉が、
思いがけず現実となった瞬間でした。


■ 思い描いたFIREと、現実のFIRE

M&Aによって得た資金で、
完全な経済的自由を得た――というわけではありません。

実際、会社の株式を100%保有していたわけではなく、
私の持株比率は約60%。
残りは家族が保有していました。

また、M&Aの仲介手数料は全額を私が負担。
さらに当時住んでいた分譲マンションの住宅ローンを
すべて一括返済したことで、
手元に残ったのは「大金」と呼べるほどの金額ではありませんでした。

確定申告を終えて納税も済ませると、
現金としての余裕は決して多くはない。
それでも、年金と少額の家賃収入を合わせれば、
贅沢をしなければ生涯生活には困らない――
そう感じられるだけの安心感はありました。

「死ぬまで、普通に生きる分にはきっと大丈夫」
そう思えたことが、私にとってのFIREの出発点でした。


■ 忙しさからの解放、そして静けさの不安

会社を譲渡した直後の2ヶ月ほどは、
手続きや挨拶などでバタバタと時間が過ぎました。

ところが、3ヶ月目に入ると一気に静かに。
電話も鳴らない。メールも来ない。
“何もしなくていい”という状況に、最初は心地よさを覚えました。

しかし、3日ほど家でAmazon PrimeやNetflixを観続けると、
ふと不安がこみ上げてきました。

「このまま、何もしない人生でいいのだろうか?」

経営の現場を離れた喜びと同時に、
“張り合い”のない日常に戸惑いを感じていたのです。


■ そして訪れた、思いがけないオファー

そんなある日、一本の電話が入りました。

それは、「上場企業の監査役として就任してほしい」というオファーでした。

驚きました。
私は会計士でも公認監査人でもない。
しかし、相手の企業は私が会社を売却した時期とほぼ同時期に
東京プロマーケットへ上場しており、
経営経験を持つ私の視点を評価してくれたのです。

こうして、私は再び“社会との接点”を持つことを決意しました。


■ 常勤監査役としての挑戦

就任当初は、
監査役会規定も、監査計画書も、監査調書も存在しない状態。

ゼロからすべてを整え、
大学院で学んだ監査論、経営分析と経営者としての実務経験を融合させながら、
独自の監査体制を構築していきました。

1年目は模索、
2年目で形を整え、
3年目には内部統制や開示管理の仕組みを再構築。

黒字化、IPO再挑戦、
監査役会設置会社への再編――。
まさに“新しい経営を監査の立場から支える”日々でした。


■ 非常勤監査役、そして資産管理会社の売却へ

4年目を迎えたタイミングで、
私は常勤監査役を退任し、非常勤へと移行しました。

月に1回の取締役会・監査役会出席が主な仕事。
残りの時間は、自分のペースで生きる。
それが、理想的なバランスでした。

ただ同時に、
以前から所有していた資産管理会社(家賃収入中心)についても整理を決断しました。

地方の賃貸物件を保有し続けることのリスク――
人口減少、空室、修繕、入居者トラブル、管理会社との対応。
どれもFIRE後の「心の自由」とは真逆の負担になると感じたのです。

結果的に、その法人を売却。

この判断は今振り返っても正解だったと思います。
固定資産を手放したことで、
物理的にも精神的にも“軽くなった”のです。

「所有から解放された自由」
まさにその感覚でした。


■ FIREとは、“働かない”ことではない

こうして、私は今、
「働かない生き方」ではなく「働きを選ぶ生き方」をしています。

noteやブログを更新し、
マイクロ法人での資産運用を行い、
監査役として社会とつながり続ける。

FIREという言葉を聞くと、
“完全に働かない”という印象を持つ人も多いかもしれません。
しかし私にとってのFIREは、

「何もしない自由」ではなく、「選んで動ける自由」。

この違いが、
人生の満足度を大きく変えるのだと思います。


■ 今の生活とこれから

午前中はラウンジでnoteの原稿を書き、
午後はサウナとジムで整う。
夕方には妻と夕食をとり、
夜は静かに本を読む。

そんな日々が、何よりの贅沢。

仕事が中心の人生から、
生活の中に“仕事の余白”がある人生へ。
これが、私にとってのFIREの形です。


■ まとめ

・FIREは「働かない」ではなく「選べる」自由
・資産を持つより、心を軽くする選択が大切
・地方不動産を手放したことで得た“精神的解放”
・監査役として、社会との接点を持ち続ける充実感


■ 次回予告

第9回:「セミリタイア生活のリアル──“時間の贅沢”と“心の整理”」
次回は、実際にFIRE生活を送る中で見えてきた、
“余白のある生き方”についてお話しします。