父の記録を残しておこうと書いてたブログも中途半端になったまま一年半が過ぎ。。。
何だかんだ色々あり過ぎていっぱいいっぱいな毎日だったな。
いや、今もいっぱいいっぱい。

父が亡くなり、母に認知が少ーし入って
元々脳梗塞の後遺症で右側半身麻痺だった母は、少ーし認知が入ったことで介護が必要となり。。。
でも、独居を続けたい。

実家に住み込んでいたわたしも、自分の家族もあるので家に戻り
でも要介護の母のところに通うため、施設勤務をやめて訪問の登録ヘルパーに。

事業所長にはとても良くしてもらったし、とても頼ってくれて、今でも本当にお世話になってるけど、母の介護をしながら働きやすい環境の職場に移り、望んでもらいサービス提供責任者にされ、
母の所に合間合間で行けるけど、勤務はサービス残業・月の休日5日間みたいな勤務が当たり前。。。


抜釘の手術も終わり、今は一応治癒ってことになったけど
右手は2リットルのペットボトルを持ち上げることができないまんま。
痛みも残ったまんま。


青森と自宅の二重生活をしていた旦那さんの両親。

自分の努めてる訪問介護事業所が突然バタバタと登録さん辞め、まったく休みも取れず14時間半勤務とかやってる最中
青森で義父が末期の下咽頭癌で自発呼吸できずに救急搬送され、青森で緊急入院・緊急手術。
気管切開して、声を失い、食事も口からとれなくなって胃ろうをあけた。

母を抱えて、仕事の休みもなく、ひと月に4回青森に飛んでく。
片道6時間半。片道2万円。
1泊もする余裕がない日は、始発で青森へ飛び 終電で東京に戻るハードスケジュール。

東京の病院に義父を搬送するのに、民間救急車で98万かかって。
寝たきり、胃瘻、たん吸引が必要な義父の介護が始まった。

自分の精神が、音を立てて壊れてくのがわかった。

その義父が、明け方逝ってしまった。
ほんの一年半だけど、なんだか濃過ぎて自分のことじゃないみたい。