前回の流れで話してしまいますけど、見慣れた煌びやかな衣装から遠ざかりますと、それが質素であればなおのこと新鮮な印象に映ることがあります。その意味では新幹線のチェリースマイルもたいへんおすすめと言えます。
*動画は観れない場合があります
というわけで「チェリーブラッサム 仮説という名のホニャララ」第四話目、絶賛?連載中でありますが、惜しまれつつも最終話となります。 涙…涙…
思えばチェリーブラッサム…
松田聖子さんのファンでなかった私が、リリース当時唯一好きだった曲。理由はビジュアルでも、メロディでもなくこの歌詞。
ツバメが飛ぶ青い空は
未来の夢 キャンパスね
10代の私に何か響くものがあったのかもしれません。しかし、30年以上経ってこのような記事を書いたり、頻繁に検索することになるとは…
私だけでなく今でも人々の関心が高いのも嬉しいですねぇ。
試しに“松田聖子 チェリーブラッサム”で検索すると約104000件もヒット!
画像だってほらこんなに!もちろんこれはほんの一部です
“趣味がチェリーブラッサム”をアップしたのが、昨年12月3日。時期的に少し早いかなと思っていたのにもう立春。あれこれ書き足していくうちに、すっかりチェリーブラッサムを聴くにはちょうどいい季節になってしまいました。
ま、結果オーライということで。
さて、テンポの話しから飛びますが、まずは時系列を確認するためチェリーブラッサムのリリース前後、松田聖子さん、TULIP、財津さん(ソロ)が出したレコードをリリース順に並べてみました。
1979年7月5日「虹とスニーカーの頃」EP
1979年7月20日「Someday Somewhere」LP
1979年12月20日「Wake Up」ソロEP
1980年始め頃? TULIPメンバーチェンジ
1980年4月1日 「裸足の季節」
1980年7月1日 「青い珊瑚礁」
1980年7月21日「I am the Editor」EP
1980年10月1日「風は秋色」
1980年10月5日「一枚の絵」ソロEP
1981年1月21日「チェリーブラッサム」
1981年3月5日 「さよなら道化者」EP、「THE LOVE MAP SHOP」LP
1981年4月21日 「夏の扉」
作曲を依頼されたのが「風は秋色」のリリース後だとすれば1980年10月1日以降?になります…かね?
財津さんのソロシングル「一枚の絵」のリリースと同時期ということは、TULIPのメンバーとして活躍しながらソロ活動もし、さらには松田聖子さんの曲も作らなければならなかったことになります。
実際問題、リリースしたばかりの「一枚の絵」のプロモーション活動もあったでしょうし、翌年1981年3月5日にはTULIPの11枚目のアルバム「THE LOVE MAP SHOP」のリリースを控えていたわけですから、本業と合わせるとかなり忙しい時期だったに違いありません。
チェリーブラッサムを作る時間なんてあったんでしょうかねぇ。
いやいやいや~、時間もなかったでしょうけど、産みの苦しみの方が大きかったようですよ。
2013年7月4日放送NHKミュージック・ポートレートをご覧になった方のブログより
‘‘ヴィヴァルディ「四季」みたいな感じで、と言われ「できないよ」
ここだけの話、TULIP用に作ってボツになった曲を 締め切りが明日だったので・・・
聖子ちゃんが歌えばヒットするんですよ。
ここだけの話、TULIP用に作ってボツになった曲を 締め切りが明日だったので・・・
聖子ちゃんが歌えばヒットするんですよ。
アーティストの力はすごい。
出典 http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/288094/278871/89217258
これは有名な話しですよね。
でも蔵にしまってあったお宝をお天道さまにあてたことは、結果的にいい方向に転んだと思うんです。それにボツになった曲と言っても今となっては名曲です。
チェリーブラッサムの場合、TULIPのアルバムに収録されなかったのは作品が決して劣っているからではない…という仮説という名の妄想をしております。
加えて私など、もしかしたらチェリーブラッサムはまだ完全体ではないかもしれないという妄想までしてしまう始末。それはTULIPの「さよなら道化者」にヒントがありまして。
ご存知の方も多いと思いますが、アルバムと同時にリリースしたシングルバージョンにはない歌のつづきが、アルバムバージョンにはあるのです。このしかけはですねぇ。すごいんですよ。
だからチェリーブラッサムも、実はつづきがあって財津さんが懐ろで大事に温めているかもしれませんよ。
あ~このネタは改めてゆっくり書きたいですぅ。老後の楽しみにとっておきましょうか。
ところで、蔵から出してきたチェリーの卵の素(原形)は一体いつ頃作られたんでしょうね。
とその前に、卵の素って分かりにくいですよね?
つまり、大村さんに渡す前に財津さんは蔵から出してきたものに、「何かしら」手を加えてから渡していると考えます。
だからその前段階のものが、チェリーの卵の素というわけです。
では制作時期について、推測という名の妄想に入ります。
チューリップのデビューは1971年ですから、1971年~1980年のおよそ10年の活動期間中に作られたと考えられますけど、それではちょっと範囲が広すぎます。ルーツを探るためには、もうちょっと絞りたいものです。
メンバーチェンジするまでのアルバムを聴いた限り、70年代前半から中頃には雰囲気の似た楽曲が見つからないので、割と新しめではないかと。まぁ新しめといっても70年代後半くらい?
「虹とスニーカーの頃」や「Wake Up」。あるいは「I am the Editor」の頃の作品じゃないかと思っているんですけど。
もしかしたらチェリーの卵はアルバム「Someday Somewhere」か「THE LOVE MAP SHOP」に入るはずだったけどボツになったとか。
そういえば「Someday Somewhere レコーディング・セッション」を聴くと「ほら、LPに入れよう入れようって言って入れなかった曲があったじゃない」「それボツになった曲やろ」みたいな会話が出てきます。
日の目を見ないボツ曲はたくさんあるんでしょうねぇ。
さらにもうひとつ、NHKミュージック・ポートレートを観た別のブロガーさんの感想がこちら。
“財津さんが松田聖子さんに提供して、大ヒットした曲、「夏の扉」、「白いパラソル」、「野ばらのエチュード」などは、実は、チューリップのお蔵入りになった曲で、「聖子さんが歌うことで日の目をみた」と言ってたので驚きました(笑)
出典 http://ameblo.jp/tap3031/entry-11566603782.html
「夏の扉」「白いパラソル」「野ばらのエチュード」もお蔵入りが原形ですって!?まじすか!
私が思う仮説という名の妄想はこうです。
アルバム「Someday Somewhere」あるいは「THE LOVE MAP SHOP」収録候補の作曲
↓
選曲されたもの→アルバムに収録
↓
選曲からもれたもの
↓
アルバム未収録(お蔵入り=チェリーの卵の素)
↓
松田聖子3rd.シングル提供の依頼を受け、ヴィヴァルディ「四季」みたいな感じでと言われ悩む
↓
締切近いのに作れない
↓
蔵からチェリーの卵の素を出す
↓
チェリーの卵の素に手を加え、チェリーの卵が完成
↓
大村氏がロック調にアレンジしたものが世にでる
ああ妄想は楽しい。
と、ここまで記事を書き進めたところで、前回の記事でコンタクトを取った方にチェリーブラッサムの制作時期について参考までに意見を求めてみました。するとこんな答えが返ってきたのです。
曲の雰囲気からして「虹とスニーカーの頃」の頃ではないか。
理由は展開の仕方が「虹とスニーカーの頃」の時代に似ているから。
長年TULIPファンをやっていると、何となく「この時代かな?」って分かるような気がするのだそうです。
また、こんなことも仰っています。
ひょっとしたらもしTULIPの曲として作っていたら「虹とスニーカーの頃」のようなドラマチックなアレンジにしたような気がします。と。
さすが、長年のファンだからこそ分かることがあるんですねぇ。私の妄想と大きなズレがなくてホッとしました。
話しを戻しますが、チェリーブラッサムの元曲がフォーク調だったと仮定しますと、いくらなんでもレコードと同じ♪=146は無いなと。
おそらく♪=110くらいのテンポにして、8ビートストロークで演奏したのではないかと思うんです。
私はギターが弾けないので、イメージをお伝えするために前回の遅チェリー動画(作成した動画はおよそ♪=116)を作ってみたのでした…マル
えー。
仮説と言いましても、やはり妄想の域を脱することはできませんでした。昨年暮れからTULIPを聴いてきましたが、たかだか1000時間くらいでは、TULIPを理解するにはまったく足らないということを改めて痛感しました。
今思えばこの企画自体無謀でした。反省しています。もう一度出直したい気持ちです。
それと初めは記事を書くために聴いていたのですが、途中からは心地よくなり、もう聴かずにはいられない身体になってました。多分しばらくはTULIP漬けの毎日になるでしょう。財津さんアリガトウ!
最後に趣味動画(音声だけ)を1本貼ります。
最初は遅チェリーから始まり、途中からレコードの速さに戻ります。そして最後はまた遅チェリーで終わります。
私が想像するチェリーの卵のテンポとレコードのテンポ。
これを聴けばどれだけテンポに差があるのか分かるはず。
こういうテンポを変えた動画、前にも作りましたけど大好きなんですよ。
スローから通常のテンポに戻すだけなのに、個人的にはレコードより加速感が出てよりロックっぽさを強調することができたかなぁ~なんて自画自賛しています。ぜひエンディングまでお聴きください。
↓ ↓ ↓ ↓
おしまい
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<ご訪問いただいた皆様へ休刊のお知らせ>
ご訪問いただきましたすべての皆様、これまで大変お世話になりました。
辞めると完全に決めた訳ではありませんが、弊ブログ、都合により一度筆を置くことにしました。
ご挨拶せずに黙って休むこともできるのですが、いつもコメントを下さる方や読者登録して下さっている方、いいねを下さる方に対し、それは失礼になるなと思い直しました。
わたくしは頭が悪い上に、音楽の知識がありません。なのに、さも音楽を知っているかのような記事ばかり書いてきたように思います。文章も酷い。特に小説もどきは読む方には痛かったことでしょう。
また、言葉が足りなかったこともあるでしょうし、根拠のない仮説も多く不快に感じる方もいたかもしれません。
でも三日坊主の私がよく続いたものです。
月並みな言い方になりますが、私のつまらない記事にもいいねを押して下さったり、コメントをいただいたり。ここへ来て下さる方とのやり取りがあったからこそ、それが記事を書く原動力になっていたのは確かです。
せっかく皆様と紡いだブログですので削除はしません。名残惜しいからだったりもしますけど。
あ~しおれたきゅうりさんや、あっちゃんみたいにかっこいいことが言えませんでした~残念!
そうそう理由を言ってませんでしたね。
え~自分探しの旅に出ます…嘘です。
すみません、別に体調が悪いわけではありませんので、そこはご心配なく。
それでは皆様、短い間でしたけどお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
お元気で。
マドラスチェッカーズ








