自分はセパタクローというスポーツを大学から始めて、今年で歴は3年目になる。

 

セパタクローとはよくサッカーバレーと説明されるように、手以外の部分を使ってバレーボールを行うというスポーツである。

コートはバドミントンと同じコートとネットを用いて、ボールはプラスチックで編まれた軽くて小さいボールを扱う。

 

セパタクローの魅力はとにかくその競技の特殊性にあり、自分は大学の新歓でこのスポーツを初めてみた時に、開脚が180度開くほどの柔軟性や、バク宙をしながらボールを蹴れる人が何人もいるという点に惚れ込んでしまった。

自分も体を柔らかくしたいと思ったり、2mをゆうに超えるところにあるボールを蹴れるようになったらかっこいいと思ってそのセパタクロークラブに入ることにした。

 

初めの1年ほどはその難易度の高さにほとんど試合にならないような時期を誰しも経験する。その後自分は運のいいことに、2年の終わりにU21の強化指定選手に選んでいただいた。

ほとんどの選手が大学から始めるため、このように日本代表も夢ではないということもこのスポーツの大きな魅力だと思う。

 

現在、大学3年も終わろうとしており、あと1年でクラブも引退という時期になった。強化指定選手に残り続ける人は、実業団などに加入し、社会人になってからも競技を続けることもある。ただし、多くの人にとっては4年の卒業の際に第一線からは退くという場合が多い。

 

自分は現在、強化指定選手のアンダーカテゴリーから上のカテゴリーに上がれるかの瀬戸際にいると思う。十分にチャンスはあるがもうひと越え成長する必要があるという感じだ。

 

 

という前置きをおいて、ここからが本題だ。

正直、社会人以降も強化指定選手として競技を続けることは、並大抵のことではないと思う。それはひとえに日本におけるセパタクローという競技のマイナー性という理由に他ならない。

強化指定選手、つまり日本代表になったとしても選手としての収入はほぼない。さらに、強化指定のレベルであり続けるためには、社会人としてそれぞれの仕事を全うした後の時間や休日のほぼ全ての時間を費やすことが必要になる。

 

つまり、「頑張ってもらうけど、時間とお金は自分で捻出してね。」ということだ。

 

それでも強化指定選手でいつづけられる理由は、セパタクローへのモチベーションに他ならない。

強化指定選手の肩書きを背負う以上、その選手らは以下の2つの目標を提示される。

 

・日本におけるセパタクローの普及

・国際大会でのメダル獲得

 

これらがどれほど高いハードルであるかは、実際にやってみないことには伝わらないかもしれない。

普及という点ではセパタクローは2つの二重苦に悩まされる。1つは恐ろしく高い難易度。もう一つはセパタクローの醍醐味である選手どうしの心理的な駆け引きなどが、試合を見ているだけではわかりずらいという点である。(もちろん派手なアタックなどを見ている時や空中での競り合いなどは見ていてワクワクするが)

国際大会においても同様に高い壁が存在している。まずタイやマレーシアといった、強豪国と言われる国の選手はセパタクローをすることで決して高くはないがそれなりのお金をもらっている。また、日本における柔道のように、小学生から競技を始めている人も多く、日本代表のレベルは向こうの国では高校生といい試合をするくらいのレベルである。

 

このように強化指定選手が前にしている壁は恐ろしく高いが、選手らはその壁を少しでもよじ登ってやろうと、本当に日々努力を続けている。実際、近年世界大会で日本がメダルなどの結果を残すことも増えてきている。

 

もちろん、これらの目標を達成するという以外にもモチベーションとなるものはあり、それは応援してくれる人の存在や、純粋にセパタクローというスポーツが好きという人もいる。いづれにしても、強化指定選手はこのような壁を前に、日々自分自身との葛藤を続けながら一日1日を大切に過ごしている。

 

 

ここで自分の話に戻る。では、自分はこのスポーツとどのように向き合っていたいのか。

自分はセパタクローというスポーツはとても好きだ。多分これ以上楽しいと思えるスポーツとは巡り会えないんじゃないかと思えるくらい、競技をしているときは楽しい。

ただ、このスポーツを本気で続けていきたいかと言われると、現時点ではその答えはノーになる。

 

理由の一つは、自分は強化指定選手に課せられる上の2つの目標に全く興味がないこと。

もう一つは、強化指定選手としてやるセパタクローに楽しいという感情は介入し得ないという点だ。

 

一つ目の理由に関しては、文字通りの意味で、もちろんセパタクローをプレーする人口が増えてくれることは嬉しいが、それがなくても今の時点で周りに一緒にプレーしてくれる人がおり、かなり満足している。

2つ目の理由はどのスポーツでも、起こることだと思うが、結果が全てになってしまうとそこに楽しいという感情は介入しなくなる。それでお金をもらっている人もいるからそれは仕方のないことだが、今の自分にとってこんなにも楽しいこのスポーツが楽しくなくなるということは、もはややっている意味もなくなることとほぼ同義になってしまう。

 

このような理由から現時点で自分は大学を卒業するタイミングで、この競技の第一線からは退こうと考えている。

ただし、それまでは自分のできる限りの努力を続けて、最後の一年をやり切ったと言えるように、決して後悔しないように精進していきたい。

 

自分の中でこの決断がかなりはっきりとしたものになってきたため、こうしてブログにしてみようと思った。

 

これを読んだ人がセパタクローというスポーツを知って、そのようなマイナースポーツに人生をかけている人がいるということを少しでも理解していただけたら幸いである。