時代/江戸時代
季節/お正月
みどころ/屁理屈が多い子どもと、憎めない親父の掛け合いに注目
~初天神~ (はつてんじん)
父「おっかぁ、ちょいと羽織出してくれ」
母「なんだろねぇこの人は、新しく羽織を拵えたもんだから、用もないのに羽織を着ちゃ、表に出たがってさぁ」
父「バカ言ってやがら。用もねぇのに表に出たがる奴があるかい。
今日は天気もいいからよ、その羽織を羽織ってね、ちょいと天神様へお参りに行ってこようと思ってな」
母「あら、天神様? そういえば今日は初天神じゃないか。じゃぁさ、金坊も一緒に連れてってやっておくれよ」
父「金坊は勘弁してもらおうじゃねぇか」
母「勘弁してもらおうって、自分の子供じゃないか」
父「自分の子だから嫌なんだよぉ。あいつは表に出た途端、アレ買ってくれコレ買ってくれってよ。
だから早く羽織出してくれ。アイツが帰ってきちまう前に早く出かけるからよ。ほら早く……って、あら、帰ってきちゃったよ」
金「お父っあん、ただいまぁ」
父「鼻が利くねコイツぁ」
金「え、なぁに?」
父「いや、なんでもねぇ。それよりまだ日も高ぇじゃねえか、どっか行って遊んでこい」
金「どっか行って遊んで帰ってきたんだよぉ」
父「もっとどっか行って遊んでこい」
金「だって友達みんなウチに帰っちゃったもん」
父「友達がウチに帰ぇったら、お前も帰って遊べ」
金「だから、帰ってきたんじゃないかぁ。……あら、お父っあんどうしたの、羽織なんか着ちゃってぇ、どこかへお出かけ?」
父「おう、今日はこれから怖いおじさんたちの集まる所へ行って、仕事の打ち合わせだ」
金「あはは、嘘だよぉ。長い付き合いだものお父っあんの顔色見れば分かるよぉ。
あっ、分かった! 天神様に行くんでしょ、今日は初天神だもの。ねぇお父っあん、アタイも連れてっておくれよ、初天神。ねーったらー」
父「勘のいいガキだねどうも……。あぁ、そうだよ、これから初天神に行くんだ。でもオメェは連れてかねえよ。どうせまたアレ買ってくれコレ買ってくれって言うに決まってんだから」
金「そんな事言わないでさぁ、アレ買ってくれコレ買ってくれって言わないからさぁ、ねぇいいでしょ
父「ダメだ。ここで約束したって、一歩表に出りゃ必ず言うに決まってんだから」
金「ぜったい言わない、男と男の約束。だからさ、ねぇ、連れてっておくれよぉ」
父「聞いた風なこと言ってやがら。ダメだったらダメ!」
金「そんな事言わないでねぇぇ、連れてっておくれよぉ、ねぇ、おかっつぁんからも頼んでおくれよぉ」
母「ちょいとあんた、連れておやりよ。…やだよ置いてかれちゃ、家ん中でグズられちゃたまんないんだから」
金/母「ねぇ、連れてっておくれよ」「連れてっておやりよ」「連れてっておくれよ」「連れてってやんなよ」「ねぇ、連れてっておくれよ」「連れてっておやりよ」・・・
父「うるせえなぁ!分かった連れてくよ! いいか金坊、男と男の約束だ。表でアレ買ってくれコレ買ってくれと言ったら、ただじゃおかねえぞ」
母「そうだよ金坊、ちゃんとお父っあんの言うこと聞かないと、川ん中へ放っぽりこまれちまうよ」
父「ほら聞いたな、じゃあ行くぞ。いいか、また駄々こねやがったら、帯引っつかんで遠慮なく川ん中放っぽりこんじまうからな」
金「いいよ、アタイ泳げるもん」
父「泳げたってダメだ。川にはカッパがいて、お前ぇなんぞ頭からガブりと食われちまうんだから」
金「こないだ先生が言ってたよ。カッパってのは架空の生き物でホントはいないって。そんなのまだ信じてるなんてお父っあんはかわいいね~!」
父「ほんと可愛くないねお前は。ほら、ちゃんと引っ付いて歩け人が多いからよ。迷子になっちゃいけねえ」
金「お父っあん、人がいっぱいだね」
父「初天神だから当たり前ぇだ。お参り行く人と帰ぇる人の肩と肩がぶつかって、それでごった返ぇすのよ」
金「ねぇ、ねえお父っあん」
父「なんだ」
金「人もいっぱい出てるけど、お店もいっぱい出てるね」
父「おぉ、そうだな。今日は店がいっぱい出てるな」
金「ねぇお父っあん」
父「なんだ」
金「こんなに店が出てるのにさ、今日のアタイはアレ買ってくれコレ買ってくれって言わないでしょ」
父「おぉ、言われてみりゃぁ、今日はアレ買ってくれコレ買ってくれって言わねえな」
金「ねぇお父っあん、アタイ今日はいい子だよね」
父「そうだな。そうやってオメェがいい子にしてりゃぁ、お父っあん何時だってオメエを連れて歩いてやるんだけどな」
金「ねぇお父っあん、アタイいい子だよね」
父「そうだないい子だな」
金「だからさ、ご褒美に何か買っとくれよ」(目線)
父「…始まりやがったな。今日はそういう事言わねぇって約束で来たんだろ?」
金「うー、そんな事言わないでさ、ほら、あそこに団子が売ってるよ。ねぇ団子買っとくれよぉ、団子ぉ」
父「男と男の約束だって言ったなぁ、お前ぇだろ」
金「だからさ、男と男の約束で!アレ買ってくれコレ買ってくれって言わないんだからさぁ、ご褒美に団子一つ買っとくれよぉ。ねぇ一本だけ、ご褒美だから」
父「うるせぇなぁ! 買わねぇったら買わねえんだよ今日は!」
金「わかったよう、じゃあ「買う」って10回言ってみて」
父「買う・買う・買う・・・
金「団子買って?」
父「買わねえ」
金「うぅーー……、団子ぉぉ! 買っとくれよぉおお! だんごぉぉぉぉぉぉ! だんごぉぉぉ!」
父「大声で泣くんじゃねぇよ! 言うならオレに言えよ、みんなこっち見て指差して笑ってるじゃねえか、みっともねぇ。分かったよ買ってやる。 おぅ、団子屋」
団子屋「へい、いらっしゃい」
父「何だってテメェ、こんなところに店出しやがったんだ」
団子屋「いつも出ておりますよ」
父「いつも出てるんなら、今日くらい休みゃいいじゃねぇか」
「まぁいいや、団子一本くれ。あん? アンコに決まってるじゃねえか、蜜はベタベタ汚れちまって家に帰ぇったらカカァに小言言われちまうだろ。コイツだけが言われんじゃないんだよ? 俺とコイツ並べて小言 言われるんだよ。だからアンコだアンコ」
金「蜜が良いぃぃいい!」(袖ではたく)
父「…蜜!(支払い)子供が食べるんだからね、蜜たっぷりオマケしてくれよ。ほら見ろ、あっちからこっちから垂れちゃって大変だ」 ずずずずずずっ。
父「ほらよ」
金「うあぁぁああん! 蜜みんな舐めちゃったあぁぁぁ!」
父「あぁうるせえな。泣くんじゃねえよちょっと待ってろ。なぁ団子屋」
団子屋「何でしょう?」
父「その壷には何が入ぇってるんだ? え、蜜? ホント? ちょっと蓋開けてみろ。あ、ホントだ、こいつぁありがてぇや」
ちゃっ・ぽん。
団子屋「あ、ちょいとお客さん困りますよ!」
父「ほれ、金坊」
金「へへへ、おとっつぁん、賢いねえ」 ずずずずず。
……ねぇおじちゃん、その壷には何が入ってるの?」
団子屋「なんだいこの親子は! ほらもう向こう行って!!」
父「ささ、早ぇとこ天神様にお参りに行かねぇと怒られっちまう」
金「天神様は神様だから、怒ったりしないよ。あ、お父っあん、凧が売ってるよ。ねぇ買っとくれよ」
父「団子買ってやったばかりじゃねえか。ダメだよ!」
金「うぁぁあああん! たこぉぉぉぉ! たこぉぉぉぉ!」
父「あぁもう分かった、分かったよ、こんちくしょう。俺は今日という日を一生忘れねぇからな。
どれにするんだ」
金「あの一番大きいのがいい」
父「ばか、あれは売りもんじゃなくて、凧屋の看板替わりなの。なぁ凧屋そうだろう?」
凧屋「いえ、売りますよ 」
父「売らねえって言えよ!」(支払い)
凧屋「そんな事言われても手前も商売ですから、飾ってるものは売りますよ」
(受け取り)
父「ほら、今度こそ天神様にお参りするぞ。何? 凧揚げたい? 何言ってんだ、こんな人ごみで凧揚げるバカがあるか。え、そこの空き地でやってる? あ、ホントだ凧揚げしてやがら…。
しょうがねえなぁ、今日はお前ぇに付き合うよ~」
父「よし、じゃぁこの凧を持って後ろに下がれ、もっともっと後ろ…よし止まれ。あ、そこは枝が出てるから、もっとそっちによって、違うそっちだよそっち!」
金「お父っあん、こっち? それともこっち?」
父「そっちだそっち! そうそう、そこでいい。お、風が吹いて来やがった。いいか、ひの、ふの、みで離すんだぞ。ひのふのみ! それ離せ!」
父「そーれ、風に乗ってどんどん揚がっていくぞ」
「どうでぇ、おとっつぁん、上手いだろ」
金「わぁ、お父っあん上手いねー」
父「へへ、お父っあんガキの時分は凧揚げで負けた事はなかったんだ。そーれ」
金「ねぇ、お父っあん、アタイにも持たせて」
父「おう、ちょっと待て。ちゃんと揚がったら金坊にも持たせてやるからな、おっと、そーれ」
金「ねぇ、お父っあん、アタイにも持たせてってばぁ!」
父「うるせぇな! こういうものは子供が持つものじゃねえんだ、あっち行ってろ!」(怒)
金「ううぅ。こんな事なら、お父っあんなんか連れて来なきゃ良かった」