Q1 一人の人間が一生に出会う異性の数はどれくらいなのだろうか
Q2 その中で自分の中の付き合うことが可能であるという基準を超える異性はどれくらいなのだろうか
Q3 さらにはその中で親しくなることができる異性はどれくらいなのだろうか
一般には性別に関係無く、
何らかの接点を持つ人が3万人。
そのうち近い関係(同じ学校、職場、近所など)が3000人。
さらにそのうち親しく会話を持つのが300人。
友人と呼べるのが30人。
親友と呼べるのが3人。
だそうだ
だから、親しく会話を持つ300人のうち異性は半分の150人。友達が多い人でも多く見積もっって300人ぐらいということだ。ということは、ある程度の人気者も300人の内から人生のパートナーを選ばなければならないということだ。
この数字が多いのか少ないのか、この事実に危機感を感じているナンパ師は300分の1という数字に対して抗っている。また、結婚相手と出会う0.0000034%という天文学的な確率を奇跡として崇めず、偶然に頼りたくないとまで思っている。
ここまでいうと、ナンパ師を運命を自ら切り開く少年ジャンプの主人公のように書いているが実際ほとんどのナンパ師の心理は一夜を共にする異性を探しているというのが現状である。
しかし、私はここでは将来数ヶ月、さらには数年を見越してナンパをしている者をナンパ師と定義しよう。
ナンパ師の心理はこうだ。結婚相手を学校、職場、たまにある合コン・紹介から選ぶなんて...、一生に仲良くなる100人ちょっとの異性から選ばないといけないなんて...
もっと色んな人と出会って決めたい。
そんな心理でナンパ師はナンパをしている。
だが、ナンパ師の心理の紹介はここまでだ。
今回のコラムは”ナンパの見方を改める”である 。
そこで、ナンパの実情に目を向けてみよう。
最近、東京の中心地に行くとナンパしている人を多く見かける。
けれど、声の掛け方に上手い下手あるものの、どの人も”ナンパの声の掛け方”をしている。
どういうこと直感的に説明すると、声を掛けられた時にナンパと分かるナンパをしているということだ。
(そうでないものもある)
当然、そのナンパでは多くの人に連絡先すら聞けていない。
少し、場面を変える。
私はある日、電車である高校生の男の子を見かけた。
男の子は制服の色が違う同い年くらいの女の子におどおどしながら
「良かったら、友達になってください!」
と言っていた。
女の子は最初は驚いた顔をしていたが、しばらくして
「良いですよ」
と微笑みながらラインのQRを表示したiPhoneを男の子に差し出していた。
他の例で考えると、高校の文化祭で来場した高校生が在校生に勇気を出して連絡先を聞いても断られないだろうと想像できる。
これはおそらく高校生がナンパをしようとしてしていないからコンタクトに成功するのであろう。
つまり、都内でナンパをしているものたちは異性に出会おうとしてナンパをすることで異性に出会えないというパラドックスを生んでいる。
もちろん、クラブ、ナイトプール、出会いバーではナンパの声の掛け方でもいいだろう。
しかし、ストリートにもなってくるとそうはいかない。
とどのつまり、私が言いたいのはナンパの仕方を改めるべきだということだ。
高校生の男の子が勇気を出して、電車の中で一目惚れした女の子に勇気を出して連絡先を聞いてみるように、純粋に見知らぬ人へ話しかけること、つまり今行われているようなナンパの声の掛け方(お姉さん、ちょっと飲みに行かないですか〜みたいなナンパ)をしないことが真のナンパなのかもしれない。
そうすれば、外国のようにナンパがしやすく、受けやすい文化が根付いて行くかもしれない。そしてさらには天文学的な数字は作為的な確率にすることができるかもしれない。