Mr.バックドロップ 後藤達俊 -91ページ目

今日のお誕生日v(^^)v

今日は、shigeru1967さんの誕生日です。(^0^)

おめでとうございます。v(^-^)v

読者限定質問コーナー

【注意1】
自分のブログの読者登録者限定で、IDの中に『S』が入っている方限定です。


【注意2】 今から、今日の23時59分59秒までの質問に答えます。


【注意3】
パチンコ&競馬などのギャンブル関係の質問には、答えません!
【注意4】
妻や息子などの親族の質問に答えません!

【注意5】
一人一問で、お願いします。


宜しくお願い致します。

こんなベビー&ヒールは嫌だ!

たくさんのご意見、有難うございます。
自分自身も、自分に思い当たる点が幾つかありましたから、皆さんのご意見を参考にして、ヒールレスラーとして、頑張ります。



北方四島さん&JONSONさん&洋介さん&Blueさん&ゴルフ野郎!さん&ガースー2号さん&鈴木孝明さん&MONSTER BATTLEさん&ヒガシさん&くみこさん&Knさん&チン隊長さん&ズゥズゥボーイさん&バルタンさん&KING OF PANDRAさん&Kinさん&すこっちさん&三太郎さん&momotaro0727さん&たまさん&ogusanさん、有難うございました。



自分も、皆さんと同じ事を感じてます!
ベビー&ヒール、両方に言える事は、どちらも中途半端なレスラーが多いと言う事です。

最近、やたらと多いのが、マイクパフォーマンスです。お客様を納得させる体&技&動きのどれか一つでもあれば、マイクパフォーマンスをする必要はないと筈です。
時々、マイクパフォーマンスをするから、説得力があるのであって、毎回やっていたのでは、全く、説得力がありません!
マイクパフォーマンスに頼るのは、自分が、ショッパいレスラーと認めているようなものです。

プロレスラーは、体と技で、お客様を魅了しなくてはなりません!

自分も、ショッパいレスラーと言われないように、努力します。

100文字コーナー

こんなベビー(または、ヒール)は嫌だ(>_<)! 100字以内で。


PS…只今、シド・アールで、モーニングを食べてます。

今日は、坂口道場で、パワーヨガ教室に参加する予定です。

プロレスラーとは

自分が、始めてプロレスを見たのは、小学生の頃でした。
その頃、テレビの台数も少なく、自分の田舎では、何件かの家にしかテレビがなく、プロレスの番組がある時は、テレビのある家に集まって見ていました。
都会だったら街頭テレビがあった時代です。

その頃のプロレスラーは、超人でした。
トレーニングは、バットで体を殴らせ鍛え、飲み食いにしても常人をかけ離れてました。

自分も、プロレスラーに、憧れてましたが、恐れ多くてなろうとは、全く、思ってませんでした。

現代の子供達が、プロ野球選手になろうとか、Jリーガーになろうと思っているような次元ではありませんでした。

そんな自分が、何故、プロレスラーになろうと思ったのか?
話しがそれますが、自分がプロレスラーになろうと思った訳を話します。

自分は、高校&大学とウェイトリフティングをやってました。
一応、それなりの成績を残し、無事に大学も卒業して、自動車のディーラーに勤めました。
営業の合間に、高校の先生から頂いたウェイトリフティングのバーベルとリングを自宅に置き、トレーニングを続けてました。
そんなある日、大学の先輩でもある寛水流初代会長の水谷会長を大学のウェイトリフティング部の監督に紹介して頂きました。
水谷会長に、プロレスラーにならないかと言われましたが、その時点では、まだ、悩んでました。


そんな自分が、プロレスラーになろうと思ったキッカケは、ノストラダムスです。
あの頃、話題になっていたノストラダムスの予言を信じて、どうせ死ぬ運命なら、好きな事をやって死のうと思い、プロレスラーになる事を決断しました。

そして、会社を辞め、アルバイトをしながら、空手とウェイトリフティングのトレーニングに明け暮れました。

その頃、劇画のタイガーマスクも流行っていて、プロレスのトレーニングは、虎の穴の様な、ワニの川を泳がされたり、何時間も逆さ吊りにされて腹筋のトレーニングをすると信じてました。
一歩間違えば死が待っているようなトレーニングをしていると信じてました。

実際、寛水流のトレーニングは、命がけでした。
組み手の練習は、真剣を使って行ってました。避け損なって、太股を斬られ病院に運ばれた有段者もいました。
合宿は、更に過酷で、まず、男は20km、女&子供10kmの起伏の激しい山道をゴムゾウリで走りグランドに着いたら、プッシュアップ&腹筋などの基礎練習を3時間して、同じ道を走って、宿泊先であるお寺へ帰ります。


合わせて男は40km、女&子供は20km走ります。
やっと、お寺について、今日は、食事をして終わりかな?と思ってましたが、そんな甘くは無かったです!(@_@)
それから、夜中まで、型と組み手の練習です。勿論、有段者は真剣で、組み手の練習です。
そんなトレーニングをして、やっと、水谷会長のお許しが出て、新日本プロレスに入門しました。
入門した日、明日の練習は、ワニの川を泳がされたり、逆さ吊りにされたりするのかと緊張して、朝のトレーニングに参加しました。あれッ(?_?)確かにキツいけど、別に命がけの練習ではなく普通の練習じゃないか?
どうして、この練習で、みんな逃げ出すのか?疑問でした。
自分が入った年は、100人位、新弟子が入り、気が付けば、残ったのは、自分一人でした。

しかし、この時点でもノストラダムスを信じてました。

刻々と地球が滅亡すると予言のあった1999年7月は、近づいて来ます。

そして、予言のあった、少し前の1999年6月27日に、念願のIWGPタッグチャンピオンになりました。
ギリギリ間に合いました。

これでもう思い残す事は無いと覚悟を決めて待ちましたが、7月を過ぎても何もありません???
騙されました。(-_-#)


要は、プロレスに命を掛けられるか否かが、一番大事だと思います。
勿論、トレーニングするのは、当たり前です!
ブロレスに限らず、どんなスポーツでも、どんな仕事でもそうですが、命がけ、つまり、ハートの強い者でなければ、真のプロレスラーには成り得ません!





PS…今回は、るみひなともさんの『プロレスラーとは』で語ってみました。