My own life

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帰国子女で帰国後、鬱病に苦しんだ元美容部員のママが自身と4人の子供たちとの成長を綴ったブログです。

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Ayakaです

前の記事でサンフランシスコへの気持ちを書きましたが、私の何がそんなに傷なのか?
ここでは沢山沢山語っていこうって思うんだ。
だって本当は誰かに知ってほしいから。
そして、誰かのことにかまけて、自分を見つめないんぢゃなくて、見つめたら認めてあげたいんだ。
よくやってきたよって。
もう、次のステージに行こう、人生は思ったより短いからって。

私は日常で人にペラペラと自分の事を話すタイプではありません。
基本、小学校高学年の時からひたすら聞き役に率先して回るようにしたのを記憶しています。
なぜなら、ある時みんな話を聞いてほしいんだな〜と思ったから。
私だって話を聞いて欲しかったけど、時間に制限のある中で人の話は自分の話をしていたらちゃんとは聞けないと思っちゃった。
そこから私は少しずつ、自分の感情を後回しにしていくようになった。
子供なんだからそんなこと気にせず自分自分で良いのに。
自分自分=わがまま、自分勝手と言う認識だったんだよね。
だから後の人生で'自分を大切にしてね'って言われても全然分かんないし、ピンとこなくなった。
自分を大切にってどう言うことなのか。
おそらくこれが第一の傷。

親や学校、メディアからの刷り込みって怖いなって思います。
自分をガンガン主張する子はこの日本社会ではあまりウケないし、'もっと周りも見たら?周りのことも考えたら?'って言われるの。
私はガンガン主張する子ではなくて、かなりのシャイで地味子だったけど、それでも一人っ子だったから、言われたよね。
'周りの気持ち考えたら?'とか、'自分の事ばっかり'って。
子供なんか自分の事ばっかりなのがフツーです。
むしろ自分のことを自分で補えてるだけ花丸だと思います。
本当の意味で誰かの事を考えられる様になるには、自分をやりきらないと出来ない。
自分の事を差し置いて、誰かの事を考えると100%ポジティブな思いぢゃなくて、何%かネガティブな感情って入ると思う。
今は1人っ子が増えてるから、あまり言われないかもしれないけど、私が子供の頃は1人っ子ってまだ少なくてわがままな子になるんぢゃない?的な心配をされたものです。
だから自ずと、詮索されたくなくて自分に兄弟がいないことは話さないし、聞き役に回るメリットが少なからずあったのかも。

だから自分がどん底の時すら友人に自分の事を話せなかった気がします。
とても近しい友人は私の変化に気づいて心配をしてくれましたが。(死にそうな顔をしていたらしいですw)
それでも私の感情は話しませんでした。
自分の置かれた状況を数%説明して、あとは察してもらうくらいしか…

そんな私にも唯一、自分の感情を話せる機会がありました。
それはアメリカで出会った人たちと話す時。
だから第2言語を使うしかなく、英語で沢山泣き、怒り、幸せを感じ、愛を感じました。
今でもその時のことが強く残っていて、そんな得意ってわけでもない英語ならストレートに感情が出てきます。

日本人だから日本語でそれが出来たら良かった。
今は日本語でも感情が出る様に練習中ですw