出雲大社を訪れたあとに向かったのは…。
イオラニ宮殿です。
同じダウンタウン内の移動、てくてく歩きました。
15分くらい…。
治安が悪い場所なので油断せず大通りをさっさと大股で歩きましたっ!
すると見えてきました。
とても素敵な紋章。
「大地の生命は 正義によって守られる」
とハワイ語で書いてあるそうです。
広い敷地を…暑い日差しの中、てくてく…。
オーディオツアー(日本語)を申し込んで宮殿内を見学。
館内はフラッシュたかなければ写真撮影😆👌❤️OK。
では参りましょう。
イオラニ宮殿はハワイ王国7代目カラカウア王の命で建てられました。
実際に宮殿として使われていたのは1882年から1893年までです。

一階部分は公邸の役割を担っていたようです。


ここで客人をもてなしたとのこと、豪華なシャンデリアが目をひきます。
電気が発明されて間もないのに、すでに電気を使った生活をしていた様子がわかります。
驚き😍⤴️⤴️

階段手すりも当時のもの。
ハワイ原産のコアウッドを利用した温もりある彫刻が当時を偲ばせてくれますね~😉👍✨

正賓室隣の「青の間」。

調度品がとてもセンス良くて素敵です。

二階は王室のプライベート空間。
なんとホノルル最古の電話!
新しいモノ好きのカラカウア王、最先端ですね!
そしてその上に一枚の写真。
1881年に来日された時のものです。

(※画像お借りしました。)
前列、カラカウア王をはさんで左側が東伏見宮嘉彰親王、右側に佐野常民氏(大蔵卿、日本赤十字の創始者)。
後列、王の侍従長C・H・ジャッド、得能良介氏(大蔵書記官)、「カラカウア王の日本仰天旅行記」著者のウィリアム・アームストロング氏。
この時カラカウア王は赤坂離宮にて明治天皇とも会談されており、ハワイ王国と日本の親密な関係を伺い知ることができます。

黄金の間、音楽室として使われていました。

有名な「アロハオエ」を作ったのはカラカウア王の妹、リリウオカラニ。

1891年に渡米先のサンフランシスコでカラカウア王が病死、そのあとを継いで最後のハワイ王として即位したリリウオカラニ。
1893年、クーデターによりハワイ王国は滅亡、彼女はこの宮殿に8ヶ月もの間幽閉されてしまいました。

👆このキルトは幽閉されている期間にリリウオカラニ達が作ったそうです。
幽閉された日付も縫い込まれています。
ハワイの歴史は決して明るいものだけではなかったのですが、こうして栄枯盛衰を感じることが出来る場所があること…とても意味があると思いました。

地下のギャラリーには当時の装飾品などの展示があり、目を楽しませてくれました。

スタッフの方々がとても親切でいろいろな説明をしてくださいました。

イオラニ宮殿、とても良い時間を過ごしました。
ありがとうございました~~💕
Thank You( v^-゜)♪
道路挟んで宮殿の正面にいらっしゃるカメハメハ大王にももちろんご挨拶しましたよ~~😃✌️
有名な像にやっと会えた~~感動~~♪
やっぱりここは来るべきでした!
ほんとに来て良かったです。
皆サマもハワイに来られた際、日程に少々余裕があれば是非訪れてみてくださいね。
本日は長い記事になってしまいました。
おつきあいありがとうございます~💓
続きはまた!
ごきげんよう~~♪