2023年8月31日 01:28


満月の下を大きな雲が泳ぐ。
あれはきっとクジラだ。
涼しくなった風の中を泳いでいる。

静まりかえった夜の底は、海底へと繋がっていく。
いつかの夏にあの人と見た海の、その海の底。
ここで息をするのは、私と何も悪くない生き物たち。そうであるはずなのに、息苦しいのはなぜだろう。
水の中、だからではないんだよ。
水はいつだって私たちと一体となって、愛し合っている。
本当は私たちは、水の中でだって呼吸できる。
…けれど、ここに、ドクを流すヤツがいる。


月はこの世界の天井に空いた穴、そこから差し込む光。
あそこまで、泳いでいけたなら。少しは楽になれるかな。
星を繋いで空の水面を切り裂けば、そこから世界は澄んでゆくかな。

海底に沈んだまちで。
向こうの家の窓が灯る。遠くでバイクが走る。
黒猫が目の前の道を渡る。
あの人だけは、水面の向こう側。

さっきのクジラの背に手紙を放り投げれば、それを渡したいあの人に、届けてくれたかもしれないのに。
クジラはどこへ泳いでいったのだろう。

…こうして、何もしないまま。
頼りない貝殻で作ったシェルターから外を眺める生活を、私はいつまで。
ドクにおかされる毎日を、私はいつまで。
私の苦しみや悲しみは芸術に変えることができるけれど、ドクそのものを美化することはできない。

こちらをのぞいているのは。
急かしているのは。
秋か、もしかしたら私自身かもしれない。

今日からきっと、少しずつ月の穴は閉じていってしまうから。
私はいそいで、心だけを大事に持って、満月の光を頼りに窓を出る。

出発、なんだね。
夏の終わりに。私は水中を駆けていく。