19歳(19年)
アタシには「誕生日」が2つある。
と、言ったら「なぁに、バカな事言ってるの」という風にとられる。
でも、何かのはずみで命をとりとめた時、その人は「その日」を
もう1つの誕生日と称する事がある。
生まれつき、腎炎を患っていたアタシは、いつかは人工透析という
治療を受けなければならない。と母から言われていた。
当時は、まだ人工透析なんて今みたいに効率のいいものではなかった。
小・中学の頃は、進路や将来の夢なんてものを聞かれても、「アタシは30
まで生きれるかどうか判らない」のに、「そんな事聞いてなんになる」と言い
たくなる時もあった。
まぁ、反抗期みたいなもんやね。
高校に入る前、徐々に尿毒症の自覚症状が出始めた。
不眠・集中力の欠落・極度の皮膚掻痒・etc、etc…。
投薬でも、どうにもならない状態になって、主治医は透析導入の決断
をした。
入院して検査してから手術する予定だったが、そんな余地もないほど
血液検査の値は悪く、入院した翌日に緊急手術をして、人工透析治療
週3日/1日4~5時間受けなければ生きていけない。
食事や飲水制限もある中、よくもまぁ、19年も持ってくれたものだ。
来年は「ハタチ」かぁ。
透析を受けていれば普通の生活は出来るが、いかんせん時間拘束が
あるので、就活してもなかなか働き口がない。
障害者枠でも、決まった時間に病院にいなければならないので、企業側
も透析者は採用したがらない。
導入前にバイトをしていた事はあるが、就職した事はまだない。゚(T^T)゚。
なんのイタズラか、本当の誕生日と、透析導入して命をとりとめた月が
10月というのは、笑い話のタネにもならんなぁ。















