子供の頃、流れていた曲で、子供ゆえの歌詞の聞き間違い、覚え間違いは、大抵の人にあると思う。もしかすると、私以外、そんなヤツおらんやろ~(byこだま師匠)なのだろうか。
例えば、荒井由実さんの「卒業写真」で、「変わっていく私を あなたは時々 遠くで叱って」の時々を、私は80年代、松任谷由実としての彼女の歌を聴き直すまで、「あなたはドキドキ」だと思い込んでいた。変わっていく様に、あなたはドキドキしながら、遠くから、君は変わらないでほしい。と、叱ってね。と言う曲だと思い込んでいた。しかし、見かけただけで何も言えなかった、遠く懐かしい想い出の人になっていた彼が、変わっていく彼女のことを知るわけもなく、なんでドキドキなんだろう?という美しい誤解は、彼女の素敵な望みだったと、ある日のカラオケで、とけました。
個人的なユーミンの推し曲は、潮風にちぎれて、14番目の月、ナビゲーター、真珠のピアス、Destinyですね・・・。
他に、尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」で、「二人でドアを閉めて 二人で名前消して」を、「二人でドアを閉めて 二人で生意気して」と思い込んでいた。何しろ、また逢う日まで話したくない理由で別れる二人なので、最後になにかしら生意気な振る舞いをするのかな?と、曲解してました。尾崎さんが世を去られた後、歌番組の歌詞のテロップで気づきました。
日本を代表するrockバンド、サザンオールスターズですが、デビュー曲「勝手にシンドバッド」が流れていた頃、私は小学生でした。あの頃の小学生は、桑田さんのスピーディなシャウトや歌詞についていけてない者も多く、「胸騒ぎの腰つき」を「胸騒ぎの餅つき」と歌ってしまう年中お正月なヤツもいました。私は、腰つきだとわかってました。が、腰つきが何故胸騒ぎなのかを知るのは、もうちょい後年のことです。
正しい指摘をしたのに、大人から叱られる。と言う苦い経験もありました。黒沢年男さんが、なかにし礼さんの作詞で歌った「時には娼婦のように」を、私の従弟は「時には勝負のように」と覚えまつがってました。そこで、◯◯、それは勝負じゃなく、娼婦だ。と告げる刹那、後ろからばあちゃんに頭ひっぱたかれました。いてーないてーな。
あれ以来、オウミ住宅のCM等で黒沢さんを見かけると、緊急指令10-4-10-10の毛利博士、そして実写版ドーベルマン刑事の何故かアフロな加納刑事、そして、私の、折角正論を吐いたのに理不尽に怒られてやんの事件を、トリプルで思い出す訳です。相変わらず、どーでもええ話でございました。