日本三大ケンさん、高倉健、渡辺謙、志村けんの、志村けんが70歳にしてコロナウィルスと戦うニュースが連日伝わる。
志村けんがドリフターズにもたらした物は、計り知れない。私が初めて志村けんを知ったのは、荒井注が脱退したあと、最年少見習いメンバーとして登場した、若きイケメンの頃だった。今と違い髪の毛ふっさふさで・・・。
笑いをエンターテインメントに昇華させるために、あらゆる難題に取り組み、今でも舞台コントの伝説番組と言えるのが、「全員集合」であり、舞台の演出に賭けてひたすら真面目でストイックに取り組んだいかりや長介に対して、いかに新しい笑いを開拓するかを追求してきたのが、志村けんだろう。
元々ロックバンドであり、私が産まれた年に初来日したビートルズの前座として演奏した伝説を残しながら、まだ早すぎたのか、コミックバンドのイメージが強いドリフターズに憧れ、後年、洋楽の波を本格的に持ち込んだのは、志村けんだろう。
東村山音頭、カラスの勝手でしょ等のベタな曲をヒットさせるかと思いきや、「ドリフの早口言葉」で、見事にR&Bのリズムを取り込んだり、ヒゲダンスの耳について離れない、陽気な例の曲といい、最年少の感性を輝きまくらせて、ドリフターズをマンネリや解散から救ったのは、志村けん(「と、すわ親治」)ではないかと思える。
私が今もつい口にしてしまうのは、「志村ー!後ろーっ!」だ。もう、40台までの当時の子供にしか通じないフレーズだ。横溝正史ブームの時、金田一耕介役でコントを演じる若き日の志村。彼がふと観客席側を向いたタイミングで、舞台の背景には恐ろしいあれやこれやが・・・向き直ると消える。そのすれ違いを見て、子供達が発した掛け声が、「志村ー!後ろーっ!」だった。
私は、陰ながら、志村けんに言いたい。「だいじょうぶだぁ。」もそうだが、「志村ー!後ろーっ!、じゃなくて、前ーっ!」と。前向きなあなたに、これからもっともっと、タレント、コメディアン、俳優、ミュージシャンの道を追求し続けてほしい。
どうぞ、一日も早く快癒されますように。
遠き場から見守る一ファンより