最近、ハマっている〝スピリチュアル〟ずるいって言ったら変かもしれませんが…今の科学では証明できないし、見えるものでもないから信じる信じる信じないも自由です。って言うのです
そもそも人知の及ばない領域のことを霊的視点や、宇宙的視点で見るというと…もうスケール感が違います。
ただ、私は逆に感じます。
経営や哲学、心理学や精神医学etc.etc...を学んできてその隙間を埋めるような学問がスピリチュアルなんだと感じています。
だから、斎藤一人さんなんかは
ふつうの人は、見えているものしか信じていない。あの世とかこの世とか言うと、宗教だなんだというって。
学問で表現し切れないものがあるとしたら?
その存在を信じるか信じないかのはなし。
私なら100%存在すると思います。
だって、全ての事象が、証明できるはずがないから

そもそも、全てを証明できる。理解できるってことは、全知全能。まさしく、人間を神だというオカルティックな話になります。
そのあの世だとか、この世だとかのその理を知っているというのだから…
斎藤一人さんは、自分のことを〝変な〟人というのだとか

まっ、そんなことに興味を持つなんてのは同じく変な人間だって言われてしまいます

さて、
最近、自分の価値観が変わったなぁと思っていましたが…
特に人を通して過去の自分と今の自分の違いを強く感じることがありました。
それを説明するには
スピリチュアル的な学びと、自己啓発による学びの違いがあるようです。
気になる方は下のブログへ
私は、違うんですよね。
たぶん自己啓発にしても、世間でいうハウツー本にしてもあまり内容の真偽に興味がないのね。
基本的に作者はどんな内容であっても本気で言っていると思ってます

だってフィクションで創作する方がずっと大変だと思うから。
それでもって、
内容に書いているものよりも
〝人生の学び〟になるかどうかしかないんです。
全て内容を知ってる。みたいな本はないので、何かしらの学びがあるのです。
それは、何に対してでもなんですよね。
趣味でやってる訳ではなくても
例えば釣りの話を聞いて調べてみたり、囲碁の話でもそう。
結局、私はなんでこんなにも〝学ぶ〟ことが好きなんだろう?と自分でも思ってたのです。
というと、
小説を読んで登場人物の物語を追体験しているような感じと同じく、作者のお話してくれる言葉に
耳を傾ける体験そのものをこんな思想や考え方があるんだよって教えてもらっている感覚なんでしょう。
それでもってそこで得た知識で人に差をつけたいと思っているのではなく、自分の人間性の拡充に使っているんでしょうね
〇〇の知らない世界
じゃないですが、知らなくてもいいけど…
興味を持つと面白いみたいな(笑)まぁ、それに囚われ過ぎてやらなきゃならないことの時間を奪われてもダメですが
でも、人生を豊かにするものって意味のある活動だけじゃないと思うのです。
