先日、春のセンバツ野球が終わりました野球スポットライトの当たる選手もそうですが、もちろんその甲子園という空間を作っているのは選手だけでなく応援に来ている父兄や同学校の応援団だったりします。

いつか観た、『応援団』にフォーカスした番組。

部員の男の子はなぜこの部活を選んだのかとインタビューを受けると、生き方がカッコいいと言っていた。

押忍!と話す頭につけ、語尾にもつけるくらいの勢いではなして強烈な縦社会。を望んで生きようとするのだから不思議なもので滝汗

でも、それ以上にすごいのが何十キロもある応援団旗やもちろん喉がかれるまで声を張り上げたり、クソ暑かろうが学ランを着たりと…

「辛くないですか?」と聞かれた応援団の学生はこう答えました。

「必死で頑張っているのは選手たちで、そんな人たちに僕らが〝頑張れ〟なんて自分たちが本気でなければ言えない」と。

 
 松本人志が、書籍の中でプロ野球をテレビで観ておっさんが「頑張れ」とか言っているのを見ると腹が立つと書いていた。続けて、「お前が頑張れよ」と。


 春のセンバツでは笑顔が見られる高校球児たちも夏の甲子園では、鬼気迫るものがある。負けたらそこで、高校生活というもしかしたら一番濃密な青春の時間のその中の打ち込んでいた野球という活動が終了してしまう。プロになれるかなれないかの進路も大きく出てくる。と思うと、死にもの狂いにもなる。マンガ『あひるの空』でも同じような事を表現している場面がある。ある女監督が、自分の教え子達がそんな貴重な時間をかけて戦ってるのに自分は優勝という夢を叶えさせてあげられていない。だから、自分は一番自分の好きなもの(ケーキなのですが)を食べないと心に誓っていると。もちろんそんな事程度で釣り合いが取れてるとも思っていない。

 
 うちの娘限らず、ジャニーズのオタクすなわち『ジャニオタ』というのは少なくないらしい。最近、そのライブのチケットの転売詐欺で10代の学生が書類送検だか処罰を受けたのが記憶に新しい。

そんなジャニオタにとって、ライブに行くことはそのメンバーに会いに行っているという認識らしい。(ショーを見てるのではないのです)それは構わないし、好きなアーティストを応援するのもいいと思う。


ただ、自分が頑張ってもないのに応援しに行くのは違うと思う。会いに行ってるのであればなおさらである。彼らの頑張っている姿に惹かれてライブに行ってるはずのに…悪いことをしてそのアイドルに合わせる顔があるのか?と疑問に思ってしまう。


と、なぜこんな話をするかというとバイトを辞めた娘にとって海外留学に行くお金が貯まらないことよりもライブに行けないことの方が重大らしい。

聞いてて泣けてくるぜ汗