先日、職場のデイケアに見学の方か来られました。認知症を患っている方で、物を教えたりする仕事もされていたと言います。
その方が、「呉服の意味を知っているか?」と言うのですがそこから延々と15分も20分も話した挙句、そこからまだまだ話そうとします。「〇〇地方で作られた織物は?」
認知症は、短期記憶が障害されます。この方は話している間に何を話したいか?伝えたいか?を完全に忘れてしまっているのです。だから、日本語だけれど話しているけれど伝えるという目的は全く達成されないのです。
これは、私は医療従事者で仕事の一環だから耳を傾けていられますが…友人レベルであれば、1時間、2時間と話しを聞かされた挙句に言葉自体はわかっても意味も脈絡もない話。音声と言い換えてもいい。を聞かされただけです。それを何回もされたとなると、電話を掛けてくるな。そんな話は聞きたくはないと言われるのも仕方ないでしょう
伝えたいことが伝わらない。誰にも届かないと感じる圧倒的孤独感から「もう生きているのがつらい」というと益々友人の怒りを買い疎遠になるのでした。
その気持ち、私にもわかります。
時間の経過とともに、開業への気持ちが萎えるのはその空間に同じ共通言語や考え方を持っている人がいないからです。
今、職場で他部署で人が辞めたのに加え他のスタッフが転んで骨折。当たり前の話なので、病院組織なので身体介助があるのに骨折してたら介助もままならない。欠員だけでも、補充してもらおうと上に掛け合っても「そっち(現場)でどうにかして。」という始末
しかも、指揮系統もおかしく事務所のおばちゃんに言われるという(笑)ふつうのお店でもそうでしょうが、別施設の人員が足りなくてテキトーにやっといてと言われたらビックリするでしょうよ。同じように、うちの部署でもスタッフが辞めれば欠員の補充はないだろうと明日は我が身の話です。
そうなると、完全に私たちの部署も違法で運営を継続しないならば閉店するので辞めてくれないか?と言われるのでしょう
先日の飲み会でも、こんな話がありました。「これだけの売り上げを上納金として上げるから別施設としてやらせてもらえないだろうか?」とか、「〇〇さんが、開業してくれたら僕らついて行くっス」とか
その〇〇さんが、私に開業したいならどこそこを紹介しますよと言ってくれた方なので本人がする気がないのは火を見るより明らかです
自分はリスクは取りたくない、変わらないままでいたいという人が多数です。
自分はリスクは取りたくない、変わらないままでいたいという人が多数です。 私は、経営状況が悪いという事態を見ているというよりこの流れでいけばどうなるか?という風に考えています。大事なのは、全体の〝流れ〟だと思うのですが多くの場合流れ以上に自分の〝損得〟レベルで話をしているように感じます。同じ乗組員として、船が沈むよとわかっていても自分だけはー自分だけはーって
以前のブログにも書いたように年を取ったスタッフはもはや職探しをする余力もないので沈まないことを祈りながら船にしがみつくしかできない。
言葉は同じはずなのにこの苦悩や不安は伝わらない孤独。
寂しいよりも虚しい。家族でも同じで…結局は理解されない。ビジネススキルが上がったのはいいが、経営者の考え方に近づいたのはいいが同じ土俵で話を出来る人を増やすにも私もいち早く脱出せねば。