昨日のブログの後、すぐさまアプリを消去すると…

あらまぁ不思議。

 急に、仕事とか目の前の問題解決よための具体的なアクションが取れるから結果無駄じゃなかったんだなぁと思えます。

 
 昨日書いた『ホームスケイプ』のゲームの説明として、書きましたがランダム要素が多すぎて繰り返し施行するしかないと書きました。これをもっと、難しい言葉で表現すると再現性がないといいます。

さて、なんでこんな話をするかというとビジネスにも通ずると思うからです。例えば、ゲームであれば何回も繰り返して失敗してもいいけれど資金が尽きて会社潰しちゃダメでしょ。いや、それすらも立ち上がる原動力にできるかもしれないけど…。

 私が、開業するために使うお金なんてたかだか数百万です。しかも、多くは供託金といって旅行商品という無形商品を扱う上での債務責任が果たせなかった場合の身代金みたいなものです。だから、実際はそのお金を差し引けば新車の普通車を買うくらいのお金で開始出来ます滝汗

それでも、数年の時間をかけて資金を貯めているので迂闊なことはしたくないのが心情でしょう?

USJの森岡氏の場合は、そりゃもっとでしょうよ。金額の桁が違う滝汗『確率思考の戦略論』と題打ってるだけあって、NBDモデルという商品がr回売れる確率とい計算式が掲載され根拠として「市場構造の本質はすべて同じ」と説明されています。それらの数値を根拠に市場を読み、どこに資源を投資して勝負していくかといった話しです。何も根拠なしにだと、やはり怖くて仕方ないと言います。

たぶん、こんなことを聞くと全ての事象に当てはまるわけではないという人が出てきそうなものですが…

結局、その否定派の人の信じているものは何かと聞くときっと〝経験〟だと答えるはずです。これが、経験知というやつで…悪いとは言いません。「自分が成功しているのだからそれが正しい」と。しかし、再現性がありません。それをどうやって、他者が共有したり理解しろと?

先に述べた通り、経験をバカにするつもりがはないのはそもそと〝理論〟や〝哲学〟はまず一般的な同ケースの経験知の集合体だと言えます。学者や専門家が「この現象は〜この式に当てはまるぞ〜」みたいな。

 誰しも、大なり小なりですが理論や哲学なんかの知識に頼る部分と経験知に頼る部分があるかと思います。

 私の職場に置いてはつい半年前までは、何事も無くボーナスも満額もらえていました。どこからともなく聞いていた情報では「まぁ、黒字だから大丈夫…らしい」といった話しでした。それが患者数の高齢化、入院日数の長期化に伴う保険点数の低下とジワジワと経営状況が悪くなっていたのだと。急じゃない。ずっと黒字の中でも右肩下がりだったのだろう。施設の一部を閉鎖、従業員の解雇。ボーナスカット。経費節約のため、PHSや新聞もなくなりました。でも、売り上げを伸ばす一手が無いのです。経営者は自分の経験値で判断しているのでしょう。辞めたNo.2だった人はこうなるのが読めていたので次から次に手を打っていたが志し半ばで頓挫してしまった。タラレバの話しになってしまうが、No.2には数字がよくみえ戦略があったのだろう。だが、経営者の個人的な感情で首を切ってしまった。結果として、今のような状況です。

あとは緩やかに衰退していくだけ。

 まるで病院という企業も生き物のようです。これは私の経験から語られる心境。

経験のような〝個〟の考えかたも理論のような〝群〟のような考えかたもどちらもあっていいのだと思います。

One for All.

All for One.

昔の人は上手く言うものだ。


綺麗にまとまった。今日のブログは美しい船内にてニコニコ