今日、祖母が亡くなりました。片足を切断しなければならないほど糖尿がひどく、心臓も悪く、心臓のバイパス手術をした時点で余命5年。もって10年いいくらいと医師からは告げられていたが…
私の息子が生まれる直前でその余命と言われた10年を経ていて、その息子が5歳まで生きて、それから一番下の娘が生まれて曽孫が2人になった。その一番下の娘ですら3歳だ。
私はよく保った方だと思う
直接介護こそしていないけれど、母の次くらいにはよく子どもを連れて会いに行ったと自負しています。
ここの一・二カ月で祖母も含め職場の利用者さんが2名亡くなっており立て続けであるが…看護師だからといって〝死〟は慣れるものではない。どちらかというと、〝死〟というものを身近に感じており、私が冗談っぽく職場でも言う「看護師をしたくない」という言葉には死を見たくないという意味合いが多分に含まれています
20代の若い頃は、ドラマチックに1分1秒を争うような仕事に心を焦がしたいと思ったものでしたが…実際は…
緊急オペの患者さんが搬送されてきて夜中に呼び出され、いざ入室すると出血性のショック症状で急激な脈拍の低下と同時に意識レベルが低下し(これは死ぬかもっ!)と思った時には私も全身の血の気が引きました。それでも、その精神状態を瞬時にコントロールし、その時は対処できました…けれど、そんなことばかりだと自分の精神がおかしくなるなと感じた…それが私が手術室を離れた年の最後の思い出だったりします。
昨夜まで、祖母の容態を母から聞いてはいましたが〜「まー、もうちょっと大丈夫じゃない?」と母とは話してましたが今朝、母が今朝、病院に着くと祖母が「手を握って…」と言うとものの15分で意識消失し、そのまま亡くなったそうです。
私があまりにも淡々とした反応を嫁や娘の前でするので「冷たいなぁ」とか「ありえへん!」とか批判をされるのですが、普段から孝行することを心掛けているので後悔がないだけです。
昨日の投資の話に繋がると思いますが…
ホリエモンやUSJの盛岡 毅氏、金持ち父さんのロバート・キヨサキでもそうですが…
必ずと言っていいほど、〝死〟についての話があります。
ホリエモンに至っては、ノイローゼのようになり死への恐怖で叫ぶような発作が出ると。それを忘れさせてくれるのが仕事だと言うのです
仕事に追われて、追われて神経を張り巡らせているとその死への恐怖感を無意識に忘れているということに気がついたと言います。
盛岡氏は、「自分が周りから生き急いでいる」と言われるのは阪神淡路大震災で多感な時期に友人を亡くしたことにあるといいます。
ロバート・キヨサキは元軍人です。戦争にもいっていて、生きるか死ぬかの経験をしています。
いつ自分が死ぬかは、わかりませんが…
いつかは皆等しく死にます。
時間は有限な資源だと考えているかいないか?意識出来ているか、いないのか?
例えば、80歳まで生きる人と30歳までの人がいて寿命がわかってたら時間の使い方って全然違うと思うのです。
言葉ではわかっていても、これこそ『価値観』というやつで…
昨日のゲームの課金の話でもそうですが、時間は投資できるけど、お金は投資できない。
そんな人たちをロバート・キヨサキ風に言えば、自ら鈍行列車に乗る人だと思う。
何も非生産的な活動をするなとは言いませんが、非生産的なことさえ効率的に習得できない人間が生産的なことを効率的にできるとは到底思えません。
ちなみに、スマホのゲームで職場の同僚が5年かけてやっていたプレイデータをすべての点で1年で越えました。レベル、プレイ回数、スコアと。「ニートですか?」なんて冗談で聞かれますがフルタイムで働いてましたし、資格も今年だけでいくつも取ったし副業もしている
仕事に比べれば簡単なゲームだし、単純な積み重ねです。
昨日、友人のお店で呑みながら話していましたが…
「単純な積み重ねが出来ない人が多い。」「アウトプットや具体的な問題解決のための行動が出来ていない。」なんて話になりました。
その根底には、死のような人生における時間への価値観が足りないのかもしれませんネ。
蛇足のようになりますが、お葬式にあたりお金の話も出てきます。
お葬式をするかしないか、直葬というものもあるそうですね。男性陣は、会社から葬式に出たいといあ話もあり式をしない訳にもいかない。高齢で見知った友人もいないし大々的な葬式をあげることもしなくてもいいのかなぁなんて考えも私はわかります。
しかし、葬式するったって、お金無いからそんなのしたくないわといった母の兄弟の中には居たといいます
悲しいかな、金銭的に貧しいのは
心が貧しいからに他ならないと思うのでした。
母は、「いい年して、これだけ兄弟がいてそんなお金もないのか?何を言っているんだか。自分の親なのに…。」と嘆いていました。
悲しいことに私はどの親戚が言ったか容易に想像がつきます。仕事をしてないときは、パチンコに入り浸り、そしてどうしようもないダメ男を拾ってきたあの人だろうなぁ…と。
いくつになっても、次のステージに上がるための健全な努力無くして堂々巡りの人生を漫然と過ごしてきたのだろうなぁ。きっと、明日も来年もそして10年後も元気に自分が働けていて何の備えもなく老後も暮らせると信じて止まないんだろうなぁ。
「早く楽したいから。」と20歳にも満たない、友人の息子さんが休みの日も家業を手伝って、勉強してるのと比べると…
さすが、スポーツで国のトップクラスになるだけの人間だと思うのでした。人生というゲームをすでに一周回ってる
いい年した、親戚のおばさんとはどエライ違いです
