『デフォルト』という言葉の意味を知っていますか?
森岡 毅氏の本の中にこんな話があります。
ある国では、自分の死後の臓器提供のドナーになるかならないかの極端な国別の違いが挙げられています。
実は、極端にドナーになる国とならない国の違いは実は〝質問の仕方の違い〟だと言います。
ならない国は同意しますか?にチェックしなければなりません。
反対に、ドナーになる人が多い国では同意しませんか?にチェックをつけさせるのです。
つまりどちらをデフォルト(ふつう、仕様、とか選ばなかったことにしたか)ということです。
ここでの、検証はつまり人が重大な決定をいかに避けようとする傾向にあるということです
ところで、デフォルトには別の意味合いもあります

それが、デフォルト企業などでも使われるように…
債務不履行。即ち、倒産企業。
常々、思います。自分のいる職場は、もうダメです。
なぜか?
簡単です。売り上げを上げられる部門が無いのです。
新しいことをする予備力もなし、結果も出せないから患者を囲い込み退院させない。精神科医療では、何十年も前から変わっていないと聞きます。60年も70年も病院暮らししている人がいるって聞いたらどう思いますか?
本来であれば、治療→寛解→外泊→社会生活と戻って行くことが治療のはずですが…
お互いに都合が良かったのですが、それを医療費がかさんできたので国が許しません。病院が、積極的な治療してないだろうと
今さら、病院自体もまともな治療をして実績を上げるには経営者も年を取り過ぎている。その後継者も育てていない。キャッシュもないから、スタッフも雇えない、社会的信用から辞めさせられない。だから、色々備品を削って、ボーナスを削って人員を削って業務量を増やして従業員から辞めます。と言ってくれるのを待っている。
患者さんが高齢化しているかといって集団で亡くなる訳ではないので、減るのと同じくらいにだけは入院があればまだ病院本体だけは潰さないでやっていける。
もう、痛みを伴うような発展もないがジワジワと衰退していく…そんな感じでしょうか。
個人レベルでも同じです。
辞めて他でやっていける自信もない。不満があっても、考えるの気力がないから人任せ。でも、長年そこで勤めてただけに不満の文句の声だけはデカい
あぁ、個人のデフォルトは人生の行き止まりか
先日、ホリエモンのツイッターで
「12年働いて、手取り14万。日本は発展途上国だ。終わった。」みたいなものに
ホリエモンは「お前が終わってる。」とコメントしていた
まぁ、言葉は悪いが12年何してたの?と私も思うのです。
決定や、決断を出来ない事にも責任は伴う。神さまや運命が勝手に決めているのではない。
自分が何も行動を起こさなかったことを反省したり、今からでも行動しようとは思わないのだろうか?