インドネシア人の経営者の方が、私たちと同行して香川県を自転車で走り回ったのには理由がありました。

 その方は、仕事の傍らで現在はサイクリングチームの代表をされています。作ったジャージの数から数百人に登るメンバーが入れ替わり立ち替わり構成していて、現在も50人を越えるメンバーがいるそうですひらめき電球

 国を出て…

技術を勉強するためにきて…

正直お金だって厳しい。

けれど、3年かそこらの期間で少しでも多くの経験をして欲しいと考えたそうです。

仕事の事では、まぁまぁコミュニケーションを取れる人でも語彙力がなかったり表現力が広がらない。そして、結局は結果として仕事に行き詰まってしまうのだというのです。

 なんとなくわかる気がします。

私が看護師をしていても、専門的な知識はガッチガチな人でも教養に乏しかったりしますぼけーある種の偏りは時には武器になりますが、それは弱い部分を隠すためだけの見せかけの武器かもしれないということです。

ZOZOの前澤さんが、「世界を平和にするためには、お金を世界から無くせばいい」という主旨の事を昨日テレビ番組でみかけました。
 たぶん、お金に囚われ過ぎている人は否定的に受け止めると思う発言だと思います。この人は金持ちだからそんな事が言えるとかって。

 じゃあ、より良い生活のために金!金!と守銭奴の如く追い求めた先にすごくお金持ちになった人って少なくとも私は聞いた事がない滝汗

 改めて、私はお金に困る生活はしたくはないけれど人からケチ臭いと言われて自分の預金通帳の数字とにらめっこするような生き方はしたくないと考えます。ケチにはならなくとも無駄な事に使わない節制や節約はして当然だし、やはり使うところは使う。使い方が下手だと、何も経験出来ぬまま。よく宝くじが当たった人が不幸になるというのは、お金を上手に使う経験をした事がない人が自分のキャパを越える額を持ってしまうとロクなことにならない典型例かもしれません。

 お金には直接は変えられませんが、人との縁があればそれが仕事になったり、生活の潤滑剤になるのかもしれません。