自分が仕事を教えられる側になって、感じるのは〝教える側〟にも経験や知識がいると感じます
昨日のブログのように、今の仕事で先輩看護師は超ベテランだから余計にそう思うのでかもしれません。
それと同じように、自分がお店を持った時に事業や業務の内容をきちんと理解していなければ従業員に伝えられません。
伝えられないなら、自分でやってしまえば一番要領がいい!と考えるもひとつかもしれませんが、1馬力ならぬ1人力でしかないのです
でも、1人力が悪いのではないと思います。
友人にも先日言われましたが、娘に仕事の手伝いをさせるのは間違いだったと。
私、自身もすでに考えていた事なので驚きもしないけれど自分の考えが間違いではなかったなぁという確認にはなりました。
そもそも、私自身が経理状況なんかを把握していなければいけないので売り上げの少ない現在こそ自分でやればよかったのです。
何もしてない娘に仕事(役割)を与えること、少しは私の手助けをしてくれれば自己重要感や肯定感が感じられれば…。ついでに私も助かると思いましたが…
結局は当人はそんなこと望んでないのです。
そもそもやらされてるだけで、やらなければならない状況に迫られていない。
だから、私かれしてみればやったフリ、ポーズをしているようなニュアンスを受けるのです。
(こいつダメだ。)
と思ってましたが、
私がダメなんです
あてにするところが違うんです。仕事ができる人間なら働いていますし、雇ってくれと言って雇える会社を(私が)運営できていたら給料も払えます。だから、まだそのレベルにまで達していないのです。
まだ、現時点では小さな一人でやっているお店の店長を想像してすべてを自分でやらなきゃならないのだと思います
商品を作る上でも、問われるのはいつも根本的なニーズ。そこから考えられる競合との差異。価格設定。経費はどれくらいか。
そして、最終的な収支はどうなるか?
その商品を作るお店を作るのも、まぁ必要性に迫られて作るのであって商品⇨店の順なのですね。で、1人力で足りないから人を雇うなのです。
教える側も、「これやって」と頼むだけではいけないのかと思います。そもそもやれるだけの能力の判定も、そもそも依頼する必要性も考えなければならないと。
いい勉強になりました。