大河ドラマが終わった。

このドラマで、同じころに宮仕えしていた女房の清少納言や和泉式部、赤染衛門が登場していたが、紫式部と清少納言は宮仕えの時期がずれてるのでお互い会ったことはないというのが定説だが、お互いの存在は源氏物語の書き手として、枕草子の作者として意識していたようだ。

“紫式部日記”のなかで紫式部は、この三人のことを書いた部分があって興味深い。

この日記の前半は、式部が使えていた皇后彰子が初産でのちの一条天皇を出産する前後の様子を細かく書いており、その後に女房達の服装や行動の観察が述べられたあとに、

 和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかはしける。

という書き方で始まる三人への言及の部分になり、この人から始まる。

 才ある人とか歌はいとをかしと言ってはいるが最後には

 恥づかしげの歌よみやとはおぼえはべらず、と結ぶ。

 

 赤染衛門については

 ことにやんごとなきほどならねど、まことにゆへゝゝしく、歌よみとて・・・はかなきをりふしのことも、それこそ恥づかしき口つきに侍れ。

和泉式部の歌は、こちらが恥ずかしくなるほど上手ではないというのに対し、赤染衛門はその反対であると褒めている。

そしてさいごに清少納言の評である。

 

 清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。

 さばかりさかしだち、真名書きちらして侍ほども、よくみれば、まだいと足らぬ事多かり。

と散々に悪く言う。

 

紫式部にとって清少納言は好みの人ではなかったのかもしれないし、自身の置かれた立場からそういう位置づけにしないといけない状況だったのかもしれない。

ただ枕草子に現れる清少納言のこれ見よがしの才気は好きではなかったのだろう。